夜明けの街で


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題名:夜明けの街で
作者:東野圭吾
発行:角川書店 2007.06.30 初版 2007.7.25 2刷
価格:\1,600




 ちょうど一年前には『赤い指』で、介護を軸にしたホームドラマのとっても歪んだ物語を読ませてもらった。『容疑者Xの献身』同様に、ラストシーンにとても感動があった。最近の東野圭吾は、『白夜行』のような少しノワール系のものよりも、庶民的などこにでもありそうな感情を扱いながら、感動のピークに読者を運んでしまうという引き潮のような威力の小説を書いている気がする。その意味では本書も『赤い指』のようなソフトカバー、手ごろな価格、軽く手に取れる触感、といった意味でつい手に入れたくなる種類のそれだった。

 そしてページターナーとしての能力はこの本においても遺憾なく発揮される。今回は、結婚と浮気ということが一つのネタになっている。浮気ものはこの世にあまたあり、恋愛小説だって限りなく存在するとは思うけれど、浮気や不倫の孕んでいるリスクや、結婚生活の持つ鬱屈や諦念ということを、これほど救いなく描いた小説は珍しいのではないか。

 一人称で語られる僕は、結婚生活をひたすら守ろうとする市井の小市民である。ところがある日をきっかけに会社の派遣社員の女性と恋に陥る。恋というよりも、結婚によってもはや男であることをやめていた中年男が、めくるめく恋の微熱に若さを取り戻してゆくこと、そうした事実へのときめき、といったものが強く意識されてゆく。ところが浮気相手の女性には、殺人者としての容疑が。迫るは時候までのカウントダウン。

 結婚を、浮気を、恋を、あるいは中年男性の日々の鬱屈を、諦めを、未練を、若さへの回想を、焦がれを、再生を、変化を、そうした求めるすべのことを描くためには、淡々とした恋物語ではなく、主人公の陥る殺人事件という名の極限的判断が求められる、とでもいうように、この作者はミステリーの形を使って、あるテーマを掘り下げてしまう。今回はそれが男と女の結婚という生態の解剖図であり、俯瞰図である。ミステリーとしての殺人事件、その真相などよりも、その掘り下げ方こそがずっとずっと見事だ。

 極限状況により、主人公は自らの家庭を、仕事を、生き様を、掘り下げることを強いられる。選択を強いられ、犠牲を強いられ、失うものの大きさに慄き、獲得するものの輝きに顫える。自らを見つめなおし、人生を振り返り、未来を透視しようとやっきになる。その苦悩こそが人間的で、とても共感のできる思いである。人は弱く、守る心と、欲望と、そして狡さとで成り立っており、そのことを彼は気づいて嘆く。

 この回答のなさこそが、心の彷徨のありのままの姿であり、リアリスムであるとぼくは思う。だからそれゆえに、本作はミステリーとしてはなあんだというようなものであっても、終章に至るプロセスに、心ときめかせる。何よりも若い読者よりも、一度女性を心底惚れ抜き、そして結婚し家庭を持ち、何年か経過した中年以上の男性に読んでいただきたい戦慄の本であると思う。他人事とは思えない作中人物の心の隙間に、べっとりとした黒い影を見出し、そこに幾辺かの自分自身を、きっと見出してしまうことだろう。

 本書はそんな大人の小説でもある。

(2007/08/27)