飛越


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原題:Fluing Finish (1966)
著者:ディック・フランシス Dick Francis
訳者:菊池 光
発行:ハヤカワ文庫HM 1976.9.30 初版 1991.3.31 7刷
価格:\520(本体\505)

 フランシスは競馬でも小説でも成功しているくらいだから器用だ、ということは重々承知していたが、何とまあギャビン・ライアルばりの航空小説ものまで書ける人だとは知らなかった。解説によると、何でも第二次大戦中は空軍パイロットだったとかで、この作品で主人公が競馬以上に飛行機の操縦に魅入られている部分、コックピットに座っての飛行の描写と、何とまあフランシスのもうひとつの冒険小説作家としての腕の冴えを、今回は存分に味わわされてしまったのだ。

 本作も例によって半端な宙ぶらりんの人生に飽きが来ている若者が主人公。亡くなりかけている父から爵位を継ぐことに逆コンプレックスめいたものを感じ、母からは財産目当ての見合結婚をしつこく押し付けられ、職場やその他の普通の社会に溶け込めないでいる生煮えの青春像。アマチュア騎手でありアマチュア・パイロットであり、すべてにおいてアマチュアであることに未消化なものを抱き続ける灰色の日々、すべてがグレイなヘンリイ・グレイの物語。彼がいかにしてプロになるかの物語。

 そういったグレイが何かを求めた転職した先の馬匹輸送専門のエアカーゴ会社。そういう意味では物語は空間的にスケールアップし、アメリカやイタリアへと主人公は飛越を求める。ミラノで恋に落ち、やがて罠に落ち、そして例によって主人公は地獄を見る。バイオレンスの権化ともいうべき少年ビリーの、反貴族感情がグレイらに爆発してゆく様子は目まぐるしく、希望がない。例によって読者は徹底してやきもき、苛々させられる。グレイの甘い判断の連続と、悪党どもの周到攻勢ぶりにはだれだって悲鳴をあげたくなるに違いない。

 ラストは原題通り FLYING FINISH 。お待ちかねの小説的カタルシスがスリル満点に語られる。前半の伏線が効果的なぎりぎり最終のシーンは、思わず手に汗握る迫力で、これまで耐えていた忍苦のすべてがここに至って必ずや救われるはずである。

 フランシスは冒険小説的ではないと思われる、そういう傾向の方に薦めたい一冊。