エール




題名 エール
著者 鈴木光司
発行 徳間書店 2001.9.30 初版
価格 \1,600




 入院前日に読んだせいか、あるいは戸梶圭太『未確認家族』の直後に読んだせいか、ぼくはこの作品好きになってしまった。一年も経てば忘れてしまうような日常的な、どこにでもある話とどこにでもいそうな人生に囲まれて、そうはどこにもいないであろう女流作家(エッセイスト)と、挌闘技チャンピオンの姿のコントラストが、そのまま人生のコントラストのようで深い明暗であり、しかし光を浴びた者たちもそれなりに内なる苦悩を抱えて生きている。

 ある意味そういう息苦しさが日常そのものの重さとなって作品全体に深い影を落としているのだけれども、鈴木光司の良心はそこに『エール』というタイトルを掲げてみせた。大きな試練とエールとの両方を登場人物たちに与えた。ぼくが鈴木光司という作家を追ってしまうのは、このポイントである。

 あの『リング』からの驚天動地のホラー、バイオ、SFと言った華やかなインパクトはもちろんない。吹けば飛んでしまうような小品である。

 全景を見ることなく書きながら考えてしまう作家だそうである。結末など考えたこともないそうである。書いているうちにストーリーが出来上がってしまうのだそうである。当然、うまくいく場合もそうでない場合もあると思う。ただ、言えることはこの作家には書きたいことがたっぷりありそうだということ。それをどのような形で読者の前に提示してゆくのか、予想すらつかない。

 ただ見えない深度で、どの作品も同じ作家の「エール!」という場所につながっていることは間違いないなと感じてしまった。入院、手術というぼくなりに試練に値するものを控えるぼくにとって、間違いなく正しい選択と感じさせた本であった。

(2001.12.18)