そして夜は甦える


題名:そして夜は甦える
作者:原 りょう
発行:早川書房 1988.04.30 初版
価格:\1,300

 やっと読みました。この完全にチャンドラー志向の小説。う~ん、100%ハードボイルド小説であったなあ。

 この本はぼくが前にいったあるひとつのことを実践している。それは何かというと、アイデア主体でなく、状況を変化させることで新しい味わいを持たせてしまう種類の本ということだ。もちろんアイデアもあり、プロットもある。元ジャズ・ピアニストで、射撃の名手という殺し屋の設定なんて、たまらないではないか。しかしこの本は、基本的にチャンドラーの模倣といって言いほどに、徹底して皮肉のスパイスを利かせた文体で成りたっている。しかし模倣は、舞台を東京というわれわれが見慣れ聞き慣れた土地に展開されるのであって、LAではない。この点で、私立探偵が西新宿に事務所を構えているというのも興味深いし、興信所離れを遂げている「探偵」という職業自体にも興味が尽きない。

 そして渡辺という影だけの男の存在がいい。紙飛行機と、沢崎の記憶の中でしか語られることのない男ではあるが、沢崎の背後を意味深げにカバーしているのがいい。

 ショート・ピースを愛飲するというのもいい。何を隠そう、今でこそぼくは煙草を吸わないが、人生の15年間を喫煙して過ごしてきた。最初の8年をハイライトで、残りをショート・ピース&キャビンで過ごした。ピー缶を常に仕事場や自室に置き、キャビンは外出用の煙草だった。

 話は途端に脱線するが、何故ヘビー・スモーカーだったぼくが、煙草をやめたのであるか。ぼくはスペンサーと村上春樹の影響で朝のジョギングをしていたのだが、ある朝、たまらなく気管が苦しかった。ひどく気分が悪くなった。煙草のパッケージには3本しか残っていなかった。一本の煙草で我慢して3日が過ぎた。4日めに、まだ2本あった煙草をパッケージごと捨てた。それきり煙草を吸っていない。しばらくの間は、新宿の喫煙具専門店で買った自慢の限定版ジッポー・ライターをもてあそんでいたが今ではどういうわけかオーディオ・ラックの引き出しで眠っている。禁煙を破る夢を1年間も見ねばならなかったが、もうそれから3年も経っている。

 そんなわけで、ショート・ピースを愛好する点で、探偵と狙撃者が意志を通わせたりするという空気が、ぼくは好きだ。男の微妙な心情の綾を捉えてくれるこういう作品がぼくは好きだ。

(1990.03.23)
最終更新:2007年07月23日 00:02