抹殺





題名:抹殺
作者:東 直己
発行:光文社 2007.5.25 初版
価格:\1,600




 私の通いの居酒屋には、出版社の編集者も顔を出すし、居酒屋の主はもともと大の国産ミステリ好きだ。そんなこんなで地場で産まれた作家・東直己についてはそれでなくてもうるさい方だ。主の主張の一つに、札幌だけでシリーズ展開するものを二本持っていることへの限界説というのがある。数ある作家は舞台を変え、品を変え、さまざまなアイディアを考え出すことができるのに、東君(主はそう呼ぶ)は、札幌だけでいろいろな事件を考えようとするから、アイディアが枯渇しかかっているんだ、と。

 本書は、そういう意味では、具体的には明かそうとしない地方都市(少なくとも内地である)に材を取った連作短編集である。主人公の職業は表向きは画家、というより絵の先生といった極めて地味な存在でありながら、裏では殺し屋家業を営む。請負元も決まっていて、そこら辺は、どうも必殺シリーズの匂いがしないでもない。

 しかし主人公をもっとずっと特徴付けているのは足の不自由なハンディキャッパーであり、常に車椅子で生活しているという一事であろう。車椅子の殺し屋というと、沢木冬吾の『贖いの椅子』という傑作ハードボイルドを思い出したいところであるが、そこまでのシリアスさがないのは、この車椅子探偵が、華麗すぎるということ。言い換えれば非現実的なまでのカタルシスを与え得る完全なる必殺の仕事人であることだ。狙撃主としても優秀だし、車椅子のパイプの中に刃物を忍ばせてのミッションにも長けている。いわゆる非常に理想的で、正体のばれにく殺し屋であるということだ。

 さらに主人公を劇画的存在にしているのはアシスタントが絶世の美女であり、殺し屋は彼女を月150万という非常に具体的な金額までもをも露わにした雇用関係であり、なおかつセクハラ・フリーという条件を伴い、自由にその体を、めで、かつ触れることができるあたりか。特命係長只野仁みたいなものだな、こうなると。

 さてそこまでコミカルな設定をしておきながら、各短編の題材は現実にマスコミで取り上げられているような具体的事件をモデルにしたものがほとんどなのである。東直己という人がどこかで生真面目に現実とのしがらみから逃れきることができぬ作風を頑なに死守していることばかりが伝わり、どこかで痛々しいまでの執念を感じないでもない。解決法は先に述べたとおり華麗で非の打ち所もない殺し屋の、完全主義によりもたらされるため、ある意味非現実的なまででの理想的な結末しか待っていない。

 他の作品ではなかなかおいそれと追求し切れない部分を(これもまた東流リアリズムなのだが)、最近は、ノンシリーズ作品により、理想的殺し屋、超常現象、エスパーなどによって、気軽に解決したがる傾向があるのかな、と見ているのだが、救いのない作品が多い作家にはこうした癒し系統も必要なのかもしれない。何よりも中和されることが必要な世の中であることは間違いのないところなのだから……(参院選挙を直後に控えての、率直な感想……)。

(2007/07/16)