さらば長き眠り





題名:さらば長き眠り
作者:原りょう
発行:早川書房 1995.1.31 初版
価格:\1,600(本体\1,553)




 今年の「このミス」の第一位は間違いなくこの本だろうなあ、と今から断言させてしまう作品。原りょうという作家は世界の舞台に出しても恥ずかしくない小説作りをしてくれる作家だとつくづく思っているけど、その最大のポイントは時間をかけて丁寧にプロットを練り上げ、文章による一つの空間世界をきちんと時間線上に沿ってリアルに構築してみせてくれるこの丹念さであると思う。

 沢崎という、姓だけの、おそらく作者の声の語り手とも言える地味な探偵が、熱情や復讐とは無縁の「仕事」という割り切りだけで事件に関わってゆき、それなりにのっぴきならなくなってゆくタフさ、優しさが、作り物とは思えないほどリアルに読める。

 事件そのものの複雑さは、いわゆるノベルス・ミステリーなどと同じ程度の作り物っぽさをうかがわせるのに、それがこういう形で表現されることによって、トリッキーというよりも秀逸な人間介在の事件に彩られてゆくところも凄いという気がする。

 沢崎シリーズはこれをとりまくミステリアスな環境 ---- 特に逃走者・渡辺と追跡者・橋爪、錦織という異端の環境 ---- が、印象的であった。これがなければ、作品世界の張り詰めたような緊張感はこれほどなかったように思う。それに作者はまるで沢崎 (もしくは渡辺) 三部作であったかのようにこの作品でけじめをつける。かくも長き不在も、その理由を明らかにされる。事件を解決に繋げてゆく一方で、サブストーリーとしての渡辺の物語がシリーズの大きなストーリーとしてここにけじめを見せてゆく。

 そして最後に沢崎が次の仕事にとりかかろうと、新しく用意された日々に向かう終章。こうして次作を楽しみに楽しみにさせておいて、沢崎は、またけっこう長い間、ぼくらの前から姿を隠してしまうのだろうなあ。いい作品を読むためなら待つ、という姿勢が、この手の作家に対峙するときのぼくらの正しい姿勢であるかもしれない。日本の出版事情の中で、読者たちにこういう姿勢を取らせる作家、って、もうそれだけで快挙と言えやしないだろうか?

(1995.02.25)
最終更新:2007年07月16日 02:02