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度胸


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原題:Nerve (1964)
著者:ディック・フランシス Dick Francis
訳者:菊池 光
発行:ハヤカワ文庫HM 1976.7.31 初版 1991.11.30 9刷
価格:\520(本体\505)

前作とはがらりと趣向が変わったが、これまた完璧に楽しめる作品。手の込んだコンゲーム小説でもあり、ある種のサイコ・サスペンスと言えないこともない。これが書かれた1964年当時、テレビという媒体が現在ほど巨大なパワーを有していたかどうかはわからない。しかし、この小説ではテレビが一つの道具として非常に有効に使われている。しかしまだ生中継が全盛の頃であったろう。主人公がテレビにはテレビでという復讐のかたちを選んでゆく点も、当時だからこそ可能であったと言えるのかもしれない。

 主人公たちが追いつめられる部分では彼の復讐の意志にいやというほどぼくは共鳴していった。いわゆるテレビの「仕掛人」シリーズ、あるいはマカロニ・ウェスタンなどでも見られるように、徹底した暴力と残酷を浴びる主人公が、かえって読者の共感を誘い、後の復讐、制裁、仕置きというカタルシスに繋がってゆくタイプだろう。

 また、作品の前半を占める凋落した騎手たちの過酷な姿は、それが謎に満ちていてとても凝った仕掛けになっているだけに、読みごたえが十分である。当然のように主人公らによる復讐も手が込んでいて、そのあたりは限りなくコンゲームに近い逆転小説としての魅力を放つ。この作品のもつ知的ゲーム性は異彩を放っているのだ。

<競馬シリーズ>二冊目にして思ったのは、経過がどうあろうと作品の空気が非常に前向きな陽性であること。おそらくは騎手、馬といった作者のなかにあるスポーツ的(あるいは騎士的)な精神が、作品に一本の背骨を通しているせいかもしれない。それはチャンピオン・ジョッキーだった作者であらばこそ自ずと湧き出る香気なのだろう。

誉めてばかりになってしまうが、この作家が、この<競馬シリーズ>がどうしてかように多くの読者に長年月愛されてきたのか、作品を読むことで容易に理解できる気がする。主人公が一見してどこにでもいるタイプの、いわば争い事を好まないような人間であるために、プロフェッショナルなスパイや殺し屋よりもずっとぼくらに近いところにいる。だからこそプロには望むべくもないような内的苦悩や静かな怒りを徐々に時間をかけて目覚めさせてゆく。周囲のキャラクターは個性が豊かで表情の違いが感じられる。人気を得るべき完成度を誇ってよい世界だと言える。