騎乗




題名:騎乗
原題:10-1b Penalty (1997)
作者:Dick Francis
訳者:菊池光
発行:早川書房 1998.10.15 初版
価格:\1,800



 作家の衰えというのはいろいろな形を取って出るものだ。ヒギンズやクィネルのように、新たな主人公を作り出すことにはもはや力を注がず、シリーズ化を目指して作品の価値をどこまでも軽くしてゆく形。またマレル、ラドラム、カッスラーのごとく、誇大妄想に輪をかけて当初のディテールを失ってひたすら劇画化して行く形。フォーサイスのように書くのをやめるというこれもまたひとつの形。

 フランシスの場合、その形は当座ボリュームに表れてきたのかな、と思わせる。特にこの『騎乗』の場合、17歳の主人公が父の選挙を戦う集中部分は一旦途切れてしまう。後は後日談として、摘み残した悪の病葉を刈り取ってゆくのだが、かつてのフランシスなら、前半の集中部分だけで一作を描ききったろうな、と感じさせる。あらゆる意味で根気が失われて見える。

 サスペンスの中だるみをお得意の競馬のシーンで隠しているようにも見える。さすがに馬と旗手とその心意気、夢、などを書かせると、心が持って行かれるような強烈な魅力を感じるのだが、あくまでそれらはサブストーリーの方である。ミステリーとしてのメイン・ストーリーには、フランシス読者としては初めて、息切れを感じた。

 その後本国でもフランシスは、長編をまだ出していないという。来年は短編集だという。そう言えば、エド・マクベインが来日したときに、「87分署シリーズのラスト作はすでに書かれている。自分が死んだら遺書代わりに発行することになる」と語り、これがジョークなのかどうなのか定かじゃないながら、そのプロ意識に驚かされた覚えがある。

 フランシスの長編に長い間親しんだ読者にとって、だからこの作品『騎乗』は、作者のあることの表現なのだと思う。彼が孫を見るような眼ざしで描いた、次世代の若者たちへの彼なりの精一杯のメッセージ。残してきた作品はあまりに多いが、彼がいつも訴えてきたことはそんなに多くはなく、たまらなくシンプルで、だからこそ困難なことであるのだろう。何度も何度もそうしたメッセージを受け取りながら、いつも自分はなぜフランシスの主人公のように生きられないでいるのだろうと、身につまされるばかりである。

(1998.11.15)