告解



題名:告解
原題:Wild Horses (1994)
作者:Dick Francis
訳者:菊池光
発行:早川書房 1995.10.15 初版
価格:\2,000

 かつてはフランシスの作品は一本のシンプルなストーリーであったことが多かった。でも作者が歳を取り円熟味を増すにつれ、作品の傾向はいつしか変わってきたように思う。ミステリとは別に主人公の職業やその傾向、サブストーリーなどにも描写を費やすようになった。

 そして今では、ぼくはミステリの謎解きそのものや、サスペンス、変わらず続いている悪意多き敵やその暴力的な実行力等々……に驚くよりは、むしろサブストーリーのもつ厚みのようなものの方を味わってゆくようになった。

 この作品はそういう意味では顕著だと思う。映画制作というサブストーリーに、馬に乗ることと同じような創造性、非生産的でありながら夢多き仕事を、この本では描いている。主人公の創造の感覚が現実のイングランドの美しい風景の中にカメラを通して刻まれてゆくシーンを、こうして文章という形でここまで感動的に描くことのできるフランシスという作家に、ぼくは相変わらず魅かれてしまうのだ。

 海辺を走る奔馬たちの幻想的なイメージが、本筋そのものよりも、遥かに胸に迫ってしまう不可思議さを持って、この本を閉じるのは、ぼくだけではないと思う。

 次作はシド・ハーレーの復活だという。ひさびさにサブ・ストーリーのないストレートなフランシス節を堪能できると思うと、これはこれで血を湧かせるのである。

(1995.12.16)
最終更新:2007年07月15日 23:42