密輸



題名:密輸
原題:Driving Force (1992)
作者:Dick Francis
訳者:菊池 光
発行:早川書房 1993.11.15 初版
価格:\2,000(本体\1,942)

 長く果てしなく思われたフランシス街道もついに最新作まで追いついてしまった。そうなるとけっこう最後の作品と愛着が強く湧きあがり、ばか丁寧に一行一行を読んでしまった。それでなくてもフランシスの小説ってばか丁寧に読んでしまう。流麗な邦訳文ではないものなあ。別に連帯どめでもなんでもないんだけど、なぜか基本構文によるとても固い生真面目な文章を追ってゆくという感覚。

 これがフランシス作品に対するぼくの際立った遅読の原因だったのかもしれない。87分署シリーズの時は一、二ヶ月で 20 冊ほどの残りを快調に片付けて行った気がするけど、思えばあちらはストーリーに大きな流れがあって、話が途切れない上に、文章がやはり読みやすいんだ。マクベインに較べると、やはりフランシスは読みにくい小説であったと思う。

 でも、その読みにくさが、フランシスの立派なひとつのリズムになっていて、深い海の底に下ろした怒りのような安定感をもたらしてくれていたのかもしれない。だから作品に強弱はないけど、愚作もない。一定の実に生真面目な作品が連綿として連ねられてきたんだ。

 さてこの本は珍しくも、主人公が馬匹運搬会社の経営者。自由業というのは騎手を初めてとしていっぱいあったけど、経営者というのは珍しいのではないだろうか。だからのっけから気に入らない従業員を首にしたりする経営者としてはよくある行為が、なぜかフランシスの主人公らしからぬ感覚。

 でも巻き込まれ型なのは相変わらずで、主人公が巻半ばにして受けるバイオレンスは、またまた途轍もなく死に近い。こういう死と隣り合った危機をも一定の冷静なリズムで描き切るからこそ、フランシス作品は独特の味わい深いリズムを持っているのかもしれない。

 職業別にミステリを作っているフランシスの次の作品まで半年を待てばいいだけの話だ。それほど淋しがることはないのかもしれない。

(1994.05.14)
最終更新:2007年07月15日 23:38