奪回



題名:奪回
原題:THE DANGER (1983)
作者:DICK FRANCIS
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1989.11.15 初刷 1991.4.30 3刷
価格:\640(本体\621)

 なんて贅沢な本であろう。これまで誘拐ものは数々読んできたけれど、一作に三度の誘拐事件を、しかもそれぞれの事件の国を変えて詰め込んでいる本というのは、なかなか珍しいのじゃないだろうか? 少なくとも三度も誘拐を描けば、こんなに緻密に犯人との対決を描けるものではないと思う。

 誘拐ものは数々あると書いたけれど、やはり数あるだけに一工夫、一捻り利かしたものでなければ読者の印象には残ってこない。黒沢映画『天国と地獄』の原作でもあるマクベインの『キングの身代金』のひねり方は絶妙の誘拐ひとひねり小説だったので、いまさら誘拐ものであのプロットを越えようという試みはあまり期待できないようが気がするのだが、本作は、いわゆる誘拐の持つ独特の緊張感の中でなお、フランシスらしい男らしさの追求が秘められていて、さすがと思わせられるプロット。

 これまでにない雰囲気であるのは主題が誘拐であるためだけど、人質奪回会社のプロたちというのが、フランシス作品にはあまり縁のない傭兵や、その種の人々であったりすることにもよると思う。事実その道のプロが、連続誘拐犯と対決してゆくプロ対プロの戦いというのがストーリーの軸になっていて、その分シンプルかつストレートでありながら、全編に渡る男と女の恋愛物語の方もきちんと終始がつけられてゆく辺り、並みの作家にできることではないと思う。

 それから誘拐され監禁される者の心理的痛手や、後遺症、絶対的屈辱感、屈伏感などが最初から伏線的に、この本の終章へと繋がってゆく点、ある意味ではやはりフランシスの個性が思い切り生かされた誘拐プロットと言わざるを得ないのだ。もっとも従来のフランシスを期待して読めば、特に『興奮』あたりと比較しちゃうと、いささかフランシスならではのアマチュアイズムに物足りなさを感じてしまうかもしれない。

 しかし、フランシスはどうしてこういつもいつも魅力的な女性が描けるのだろう。この作中の女性騎手は、シリーズ中でもひときわ輝いていると思う。

(1994.02.05)