配当



題名:配当
原題:TWICE SHY (1981)
作者:DICK FRANCIS
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1987.7.15 初刷 1991.9.30 5刷
価格:\600(本体\583)

 さてこのシリーズでは初の二部構成の一作。一部ですっかり片付いたはずの事件に、インターバルが危険の予告を告げ、二部で後日談となって再び燃え上がるという、奇妙な構成。フランシスのストーリー作りに影が差した、というのではないよね。

 そしていつもは一貫した「私」の一人称が、事件に巻き込まれる兄弟のそれぞれに一部ずつ与えられるというのも珍しい。一部と二部の間に十数年の歳月が置かれるというのも珍しい。まあ、フランシス作品への個性の加え方について前作の感想で書いたように、この作品でも、そのような読者側のマンネリ化を救う試みがなされているところが、大変興味深く読めました。しかもストーリーが中編仕立てで短くなっていても、フランシスはやはりフランシスなのである。

 ぼくはフランシスの短編小説は一冊も読んだことがないのだが、このところ厚みを増して来た長編に対し、このような形の二部構成でのストーリーを読まされてみると、この作家はもしや長編専門の作家ではなく、短編も十分に読める作家でありそうな気がしてくる。そういう中編的な楽しみと連作的な楽しみをこの本に求めても面白いと思う。

 このミステリーの小道具として登場するのは何とコンピューターの競馬予想ソフト。まだパソコン出現前のコンピュータの黎明期にベーシックで作られたプログラムが、 十数年経ってまだ生きているあたりは眉唾ものだが、今、パソコン通信のフォーラムでも競馬予想ソフトが名を連ねているのを見ていると、それなりの興味をそそられたりもする。

 フランシスは小道具もけっこう楽しいのだな、と久々に感心した。またその小道具の一つとして地味に登場するのが、銃。一部の主人公が物理学の教師でありながら、銃のエキスパートであるあたり、そして教室に銃を持ち込んで生徒たちにさわらせてあげるといういささか興奮的な授業でこの小説を導入する辺り、フランシスの中の子供っぽさ、男っぽさが透かし見えるようで、なかなか楽しいサービスぶりでありました。

 後半最後の物語の引きずり方のしつこさとあっけなさにはちょっと食傷したきらいがある。エンターテインメントとしてはまずまず。とりわけいつもの主人公に対抗するが如き、二部の積極的・攻撃的な主人公像は、アンチ・フランシス読者に伺いを立ててみたいところでした。

(1994.01.29)
最終更新:2007年07月15日 23:09