反射



題名:反射
原題:REFLEX (1980)
作者:DICK FRANCIS
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1986.8.15 初刷 1991.4.30 6刷
価格:\600(本体\583)

 競馬シリーズと言いながら、主人公が直接的に騎手である作品は意外に少ない。この作品はその数少ないうちの一つ。騎手である主人公の、泥濘的生活にいくつかの出来事や事件が絡んで、主人公になにがしかの道を示唆してゆく物語……といったところが端的な紹介になるかと思う。

 さて逆に、私的に言えば約8ヶ月ぶりに手にとるフランシスになったのだが、この長い間隙というのは、何を隠そう、ある意味でのマンネリ化への対抗手段であったと思う。もちろんフランシスは一篇一篇の物語をとても丁寧に作っているし、それなりの小道具や脇役たちやストーリー展開に、異なる個性を与えているし、どの作品も、駄作とは到底言い難い。むしろ優れた小説しか書いてはいないという印象がある。それでも、ある種のフランシスの傾向というものは確実に存在するし、その傾向、言わば作品の持つ空気の類似性と言ったものが、ぼくの連続読みを遮断してしまったような気がする。

 例えばマクベインを読む時は連続的にどんどんシリーズを読む進むことが可能である。なぜならあのシリーズは、純粋にシリーズであって事件以外に刑事たちのマクロ的なドラマも同時進行しているからだと思う。刑事の個性も豊かで、まるっきり別のサブ・ストーリーが多く、とても読み飽きるという感覚にはなれない。

 しかしフランシスは正直言って、金太郎飴みたいなものである。どれをとっても一定のリズム、一定の語り口、一定のまとまりを持っていて、主張もたいていは同じようなもの、悪い奴はあくまで悪く、とことんいびつで、主人公はたいてい後手に回った挙げ句にひどい目に遭い、やがて何とか窮境を脱出する、とそんな話だ。

 この飽きに対抗して間を置いたのがよかったのか、あるいはこの『反射』という作品がどちらかというとモジュラー・タイプの複数ストーリー同時進行物語の傾向があるためか、いつものフランシスらしくない、変わった傾向で楽しめたような気がする。写真の特殊処理によるトリックから、社会問題化する新興宗教、家族と遺産とホモセクシュアルなど、本当にさまざまなサブ的ストーリーが満載なのは、フランシスにしては珍しいと思う。

 そういう意味では、この作品主たるミステリーはさておいてサブストリー群、バイプレイヤー群を純粋に楽しめる物語であるのだと思う。だからこの作品は異様に評価が高くなったり低くなったりする可能性は大。フランシスはこの頃から、小道具とかそういうこと以外の手段によって作品的個性を産み出そうと意識し始めていたのかもしれない。

 しかし少し期間を置いて読むとフランシスはやはりすごいです。年に一冊のフランシスとはよく言ったものである。

(1994.01.29)
最終更新:2007年07月15日 23:06