試走



題名:試走
原題:TRIAL RUN (1978)
作者:DICK FRANCIS
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1984.8.31 初刷 1988.11.30 5刷
価格:\560(本体\544)

 ここのところ冒険小説を冒険小説として成り立たせているもの、それぞれの作家が小説の中でどうしても書かずにいられないもの、それなしでは作品価値が著しく失われるような重要な要素、ということどもについて考えている。文芸評論家・関口苑生氏が、兼ねてよりギリシア悲劇に結びつけたりして <物語の核> という言葉で言い表わしていたものに近いのかもしれないが、ぼくの場合は、どちらかと言えば、歴史からではなく、もう少し現実日常生活感とでもいうようなところから探ってみたい種類のもののようである。

 つまりフランシスにはフランシスの馬に乗って来た個人史があり、彼がそこでチャンピオン旗手として獲得したものが、本シリーズの言わば《核》になっていることは間違いないと思う。そういう点がけっこう明確にわかるのがこの小説だな、とまずは思ったわけである。

 この本は、モスクワ五輪を目前にして旧ソ連に潜入する元旗手の、エスピオナージュがかった小説なのだが、そこここで出てくるキーワードが《馬》である。そして《馬》を好きだという一事のみでキャラクターたちは惹き合うのである。ラストまで延々と、馬が好きだという一つの《核》のみで主人公は、信頼に足る異国の旗手たちと心を繋ぎ、死地をかい潜ることができるのである。

 何度も書いていることだが、フランシスの核心というものは、競馬旗手としての誉りであると思う。チャンピオン・シップを持ち得た男の、己れを表現する手段が、彼の後半生の場合、小説というもう一つの類い稀なる天性で実行されているのに過ぎないと思う。

 ハイテクや軍事シミュレーションや危機を素材にするのはともかく、それら自体が物語の《核》であるケースが多い昨今、冒険小説は真の意味での《冒険心》の名の元にぜひとも帰結して欲しいものだ。ぼくはフランシスを読むと、そういう欲求が必ず満たされることで、いつもほっとさせられる。

 ワン・パターンと言われる中でもこれほど視点を変えて、物語の味付けを変えて、なおかつ厚みのある男たちの物語を紡いでゆく能力というものには、ぼくは何度も敬服せざるを得ないのである。

(1999..05.27)