煙幕



題名:煙幕
原題:SMOKESCREEN (1972)
著者:DICK FRANCIS
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1978.5.31 初刷 1991.5.31 8刷
定価:\520(本体\505)

 うーん、こういう小説を読まされると、改めてフランシスの作家的才能に脱帽したくなる。巧いのは導入部と(多分最初からぐいぐい作中に引き込まれることうけあい)ロング・クライマックスの構成上の妙だと言う他はない。ネタバレをせずにはその辺りのことは表現できないので打ち止めにしておきますけれども(^^;)

 今回の主役はフランシス作品には珍しくかなりの成功者。騎手の成功者というのはいたかもしれないけれど、極めて有名な映画俳優というのは珍しい配置。しかしさすがフランシスと言わせるのはキャラクターの造形がまたも深みを持って実現されていることだと思う。

 何しろまたもハンディキャッパーが登場しているのである。主人公の下の娘が障害児であり、それを家族は愛情溢れる眼差しで見守っている。また、事件の発端は死を宣告された叔母代わりの老女から告げられる。こうした病気、死、障害といったものが日常生活のどこかに影を落としているようでいて、しかもそうした環境下にある主人公がタフに生きる、というのがいくらか定型化したフランシス作品の男たちの生きざまパターンみたいである。

 そしてこの作品の見所は主人公の耐える姿だ。ただそれだけでも大変印象に残る小説だと思う。特に人間の尊厳を汚辱され踏みにじられた主人公を、物分かりがいいわけでもないのにとても人間臭く主人公と接してくれる脇役陣がきっちり固めていて、素晴らしくいい味を出している。とても奥行きのある小説だと思わせられたことで、ぼくの点数は非常に高めです。

(1992.07.25)