骨折



題名:骨折
原題:BONECRACK (1971)
著者:DICK FRANCIS
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1978.1.31 初刷 1991.4.30 8刷
定価:\480(本体\466)

  『骨折』は、言わばスペンサー・シリーズなら『初秋』に当たる作品だから、『初秋』の好きな読者には受けのいい作品かもしれない。予めそう言われていて、実にぼくは『初秋』の好きな読者であるものだから、けっこう期待して読み始めた。『初秋』に較べるとかなり成長した少年を相手にするのが、父親の交通事故で俄に呼び戻された調教場出身のニール・グリフォン。いわばこれは出自の違う二組の父子の葛藤の物語である。

 ぼくは『罰金』とか『骨折』といった物語は、単にこちら感傷に直裁に迫ってくるという理由だけで好きな作品だ。不具の妻とか出来損ないの少年とかを相手取って、主人公たちがいかに苦しみ闘い、己に勝ち、なにものかを貫くか。こうした簡単な構図だが、胸を打つストーリーがどうやらぼくは好きみたいなのだ。

 当然ながら自分の父子関係とか自分の夫婦関係、友人関係といったすべて「自分の」生活にそのまま繋がってゆくような種類の感傷がそこには生まれるわけで、いわゆるエンターテインメントの範疇から一歩ぼくの心の領域にはみ出てしまうという事実は否むことができない。そして主人公に深く感情移入できるからこそ、物語はぼくの中で特別な意味を持ってしまう。

  『大穴』を想起させるような理不尽な威嚇の中、ストーリーの進行と共に変貌を遂げてゆくのは少年だけではなく主人公のニールでもある。決して距離を縮めることのない父と息子たちの関係は、息子が大人に(男に)なればなるほど頑ななものと化してゆく。ぼくは自分を思い、父を思いながら、これを読んだから、とても客観的には感想は書けない。

 ただこれだけは言える。この本の敵はあまり現実にいそうもないような極端な存在だから、物語の状況自体も異常な設定だと思う。しかし、それでもパーカーの『初秋』に較べたらすごくハードなストーリーになっていて、できも上だと思う。主人公の苦悩がプラスされている分、少年との意志の疎通の在り方が他人ごとではないと思えたのだ。

(1992.07.23)
最終更新:2007年07月15日 22:44