査問



題名:査問
原題:ENQUIRY (1969)
著者:Dick Francis
訳者:菊池光
発行:ハヤカワ文庫HM 1977.5.15 初版 1990.11.30 8刷
定価:\520(本体\505)

 ぼくは競馬をやったことがないし、賭け方がどういうものかも知らない。ましてや競馬界独自に査問委員会があって、自分らで八百長を究明したり罰したりしていることなどは全然知らなかった。これが英国の慣習であるだけなのか、はたまた日本でも同様のシステムであるのか、ぼくはやはり知らない。こんなにも知らないことだらけの英国競馬世界を舞台にした小説をずっと読み続けてきて、なおかつ面白がっている読者なのだから、いずれは躓きもあるはずだとは思っていた。

 さて、この作品への評価はけっこう辛口といわざるを得ません。査問会から無法で身に覚えのない八百長疑惑を決めつけられ、競馬界からボイコットされた主人公の、真実究明の話であるのだけれど、査問会事態への疑惑が全面に出ているため、同じような設定である『度胸』ほどには直接的な敵の存在が感じられなく、どうしても中間ディーラーを相手取っている感じがして、なかなか煮え切らない設定であるように感じてしまったのである。所詮目の前の怪しげな奴等は真の悪の傀儡であって、しかも強引に力でねじ伏せてくるというよりも、せこいような手で主人公を窮地に追い込んでいる点も、どうも悪の性質としては手が込み過ぎていていやったらしい。

 さらばこそ周囲からの友情に見守られながら自らの誇りを賭けて闘う男は、直線的ですっきりした存在なのかもしれないけれど、でもストーリー展開としては、中の上程度だったように思う。フランシス作品はどれもが、「誇り」「騎士精神」という点で他の追随を許さない男たちの精神的な戦いのドラマであるのだが、同じ主題をいろいろな形でミステリ化する小説という手法の上では、ある程度ぼくの読書心と話の面白さが背反することだってあるということだ。

 決してひどい出来栄えの作品ではないけれど、フランシスにしてはちょいと中弛みか。

(1992.07.21)
最終更新:2007年07月15日 22:39