戦慄の眠り





題名:戦慄の眠り 上/下
原題:Dead Sleep (2001)
作者:グレッグ・アイルズ Greg Iles
訳者:雨沢 泰
発行:講談社文庫 2004.04.15 初版
価格:各\800

 一貫して娯楽小説の王道をゆく作家が、グレッグ・アイルズではなかろうか。面白いというだけではなく、その向こうにアメリカ的なもの、歴史的な罪の堆積をほのめかせて、壮大なスケール感溢れる迷宮世界を構築し、その中で決して謎解きにだけは向かわず、人間たちの克服のドラマを埋め込んでいる辺り、うまみと深みとの両方を切れ味鋭く抉る作家として、読者には心地よい。だからこそ安心して読める「定番」作家であり、惹き寄せられる何かを持った書き手である。

 また作品のジャンルが定まらない故に、次の作品がどんなであるのかという点についても、興味を掻き立てられる。どきどきする期待と、それを裏切らない新しい世界が必ず広がっている点が、アイルズの魅力であると言っていい。

 本作は女性カメラマンの一人称サスペンスの形で書かれた、警察捜査小説。死体の上がらないニューオーリンズ連続失踪事件に関わるのは、懐かしい『神の狩人』にて登場したFBI捜査支援チームの捜査陣。とは言え、端役なのでぼくは解説を読むまで気づきもしなかった。ただ作品の地平がどこかで繋がっているのは、『ブラック・クロス』『甦る帝国』が兄弟作品であったことに類する、作者一流のサービス精神であるのかもしれない。

 リアルタイムで、日本人戦場カメラマンがイラクにて銃撃を受けたニュースが日夜流れる中、父をカンボジアで失った(らしい)ヒロインのその後の戦場へのこだわり方は、あまりにも生々しいが、戦場で培われた死への親和性、もしくは日常への空疎感、そうしたものを共有するヒロインと、バーンアウトしたかに見えるジョン・カイザーとの恋の道行きも、一筋縄ではゆかぬ地獄行のように見え、ハード&タフであり、だからこそピュアで一途である。

 女性小説に硝煙の匂いのする恋愛を絡ませて、そこに双子の妹の行方不明事件、タイの美術館で発見した眠れる妹の絵画……、とミステリアスな引っ張り方はいつものアイルズ流。のっけから引き込まれる一人称展開は、興味深い容疑者たちとのスリリングな交錯を経て、加速してゆく。

 たっぷりと描きこまれたヒロインの心理。父と妹の生死を追跡する困難さ。突如襲い掛かる暴力の災禍。サイコパスの典型である犯人とのラストの対決は生理的にぞくぞくするようなシーンの連続である。脳をいじくられたり、意識を他人にどうにかされるということほど気持ちの悪いものはないなと、つくづく思う。

 探求者の側のみならず、悪の強烈な腐臭を描くことにおいても、これまでの作品どおり、アイルズの強烈さは健在なのであった。

(2004.05.30)