沈黙のゲーム





題名:沈黙のゲーム 上/下
原題:The Quiet Game (1999)
作者:グレッグ・アイルズ Gred Iles
訳者:雨沢 泰
発行:講談社文庫 2003.7.15 初版
価格:上\971/下\933

 アイルズが南部作家であることにまでは思いが至っていなかった。戦争スリラーニ作は、作者が少年時代を過ごした西ドイツの影響が色濃く出ていたものと言える。『神の狩人』はPCメールを使った恐怖の印象が今も強いサイコ・スリラーで出色だった。今思えば『神の狩人』の舞台も南部だったようだ。しかし今ここにきて、南部を舞台に、主題に据えて、こうした直球ストレートミステリにアイルズが挑んでいる姿を見ると、やはり少しだけ違和感を覚える。しかし、これだけは言える。アイルズという作家は、作品傾向の絞りにくいところはあるが、しかし紛れもなく、完成度の高い作品ばかりを世に送り出す、実に仕事ぶりの丁寧な作家である、と。

 そういう意味では、本作もまた、丁寧で、それでいて仕掛けが多く、書かれていることの多さ、深さ、多彩さには、目が眩むばかりだ。悪の根城のような、権力者の屋敷に比して、主人公が帰った故郷の家は、古く、伝統だけを基盤にした小屋のような家であり、父は黒人を無料で診察してあげるほど良心的な医師である。二つの家族が、まるで勧善懲悪のように向かい合い、そこにファム・ファタールと言うべき絶世の美女が往き来する。

 まるで構図的にはシェイクスピアのように古臭く、両者のボーダーラインを行き来する男女の愛は、南部世界の持つ悪の歴史の中でいかにもひしゃげそうだ。物語は、過去に向かって遡上する。重くて、闇の部分の多い、ずっしりして、厚みのある過去に。掘削するには並み大抵の努力では報われない、頑固で危険な過去に。

 とても図式的な構図をこつこつと描いて、人間関係の複雑さを表現してゆく前半から、一転して後半は冒険小説的色合いが濃くなってゆく。命のやりとり。挑発というにはあまりにも過激な暴力の影。裏切りに満ちた闇のプロフェッショナルたち。たかが南部の犯罪は、FBIのトップにまで及び、スケールが大きな陰謀へと進んでゆく。『ミシシッピ・バーニング』のように始まり『大統領の陰謀』のように拡がってゆく。危険の水位が、みるみる高まってゆく。

 作家で元弁護士、ミシシッピ州、と言えば、即座に思い浮かべるのはジョン・グリシャム。主人公のモデルとしてそんなイメージを投影しながら、クライマックスは法廷へと持ち込まれる。生真面目なヒューマンさと、遊び心溢れる二転三転のドラマとが共存するアイルズ的世界が、何故か懐かしく読める。どの作品でも味わったことのある既視感のようなもの。眩暈がするほど強烈な錯乱と、プロットの罠。こってりと火を通したごった煮料理のようなコクを味わうことができる。少々満腹に過ぎるくらいの巨編と言える。

(2004.01.25)
最終更新:2007年07月15日 22:13