神の狩人





題名:神の狩人 上・下
原題:Mortal Fear (1997)
作者:Greg Iles
訳者:雨沢泰
発行:講談社文庫 1998.8.15 初版 1998.10.15 初版
価格:各\800

 今年の『このミス』のアンケート締め切りも今日いっぱいに迫り、つい先日までは海外部門でのぼくの回答のベスト作品は間違いなくエルロイの『アメリカン・タブロイド』であった。毎年エルロイばかりで困ってはいながら、それを越える作家というのもなかなかぼくの前に現われてはくれなかった。だからこの作品の登場は驚異だった。ぼくの安易な予測はこの作品に打ち砕かれた。強烈なパワーを秘めた、とんでもない作品がここに来て現われてしまったのだ。今年のぼくのベストは間違いなくこの『神の狩人』だ。

 インターネットを徘徊するシリアル・キラー。このサイコ・パスは『羊たちの沈黙』のハニバル・レクターを凌駕するなどという前口上はいかほどのものか、疑惑に満ち満ちた心で迎えたぼくは、この作品の特殊で隠微な世界にいきなり引きずり込まれた。濃密な時間が1000ページを越える分厚さを忘れさせ、ぼくの睡眠時間を貪欲に奪い取った。

 主人公はいわゆる密会ネットである《EROS》のシスオペ。コンピュータを使った架空人格が、犠牲者を求めて一方の架空人格との凝ったセックス・ゲームを開始する。シスオペも例外ではなくそうしたゲームにのめり込んでいる。一方現実世界では州をまたいだ奇怪な連続殺人事件が発生している。犠牲者は《EROS》ネットのアクティブばかり。頭脳であるブラフマンと狂気の殺人者インド女性カーリー。

 異常さがいっぱいの中で、現実のシスオペの夫婦関係の複雑さのほうもサイド・ストーリーとしてサスペンスを盛り上げる。多くの要素を錯綜させて物語が破滅へと失踪する。そして何という爆発力だろうか。プロットはどこへ向かうのか? 予測を許さぬ作品の破壊力が、まさに『羊たちの沈黙』以来の殺人鬼の狂気を描き切ってゆく。恐怖と暴力のストーリー。ひさびさの新しいパワーに、本当に圧倒された。カバー絵までが作品と密接なイメージ。ヒロインのドルーに心から惚れてしまいそうになる作品なのである。

(1998.11.02)
最終更新:2007年07月15日 22:08