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甦る帝国





題名:甦る帝国 上/下
原題:Spandau Phoenix (1993)
作者:Greg Iles
訳者:中津悠
発行:講談社文庫 1999.8.15 初版
価格:各\1,000

 今現在、冒険小説の分野で壮大な叙事詩を書いて最も完璧に仕上げてみせる作家は、このグレッグ・アイルズをおいて他にないと思う。ぼくはこの作家はトマス・ハリス以来の、いわゆる王道をゆく作家であると感じている。同時に天才作家であるとも。

 出版順序の逆にぼくは三作を読んでしまったのだが、普通逆行してどんどん面白くなってゆくということは、あまりない。しかもこの作品が彼のデビュー作とは、真に驚愕。西ドイツで少年時代を過ごしたというアイルズだからこそドイツへの造詣が深いのかもしれないが、世界情勢、大戦時の歴史、そういったものをすべて踏まえて、国際関係をもとにしたスパイ小説、そして戦闘シーンの連続する大襲撃冒険小説を、デビュー作で、しかもここまで完璧に書いてしまう土壌というのは、一人の人間のどんなところに存在するのだろうか? 

 日本のちまちました作品を読まされている眼には、世界のエンタテインメントのパワーと言うものは奇跡のようにしか映らない。とりわけ逢坂剛の『イベリアの雷鳴』を読んだ後だけに、どうして同じ時代の策謀を描いてこうも世界の深みが違うのかと愕然とするところがある。

 最も違うもの。アイルズの最大の魅力。それは設定された時代や舞台の上で動く人間たちの魅力、存在感、独自性などであると思う。『神の狩人』の登場人物たちが奇怪であったり独自であったりしたあの存在感はサイコものだったからではない。アイルズはサイコミステリーではなく、こうした大スケールの冒険小説の中でもあまりに魅力的な人間たちを克明に書き分けることができるのだ。

 中でも印象的なのは『ブラッククロス』のジョナス・スターン。現代物である本作では70才近い老人だが、染みついたプロの気配はそのまま。真の主人公は彼なのかなと思わせるが、『ブラッククロス』同様に単独主人公ものではなく、何人ものヒーローが活躍したり死んで行ったりする様は、まさに世界絵巻。

 国際スパイの暗闘を描く前半は東西に別れたドイツであり、シュタージもソビエトもまだ健在である。各国の思惑以上に現地のスパイたちの動きが生き生きとしていて、その慌ただしい死闘劇に息つく間もない。後半舞台は南アフリカへ移動し、悪の牙城と途方もない陰謀へとスケールアップ。『ブラッククロス』のリアルな恐怖や嫌悪感はなく、むしろ明るい、娯楽色の強い戦いが繰り広げられるが、核とレントゲン写真が同じレベルで恐怖の材料に仕立てられている辺りは、やはりアイルズの天才を感じさせる。

 世の中にこんなに面白い本があるのか? 分厚い1200ページ強でありながら、その一シーン一シーンにぐいぐいと牽引される。本年度ナンバー1を早くも約束されたような、圧倒的なハイパワー作品!

(1999.08.29)