テロリストの誓約



題名:テロリストの誓約 (上・下)
原題:THE COVENANT OF THE FLAME (1991)
作者:DAVID MORRELL
訳者:山本光伸
発行:早川書房 1993.5.31 初版
価格:各\1,600 (本体各\1,553)

 宗教的秘密結社とでもいうのだろうか? カトリックの弾圧を受けて世界の影の部分に潜んでしまった謎に満ちたそういう秘密結社が、環境破壊に絡んだ人物を次々に世界各地で暗殺し始め、 主人公は環境保護運動 + 結社の一員との偶然の出会いによって運命的に取り込まれて行くという、まあ一見荒唐無稽の波乱万丈ストーリーである。なんだかラドラムみたいじゃねえか、とお思いの方には、まあそういう種類の物語ですしか言い様がないのです。でも、ぼくはラドラムが許容できるのだから、こういうものも本来読みたい範疇の冒険小説ではあるんだ。

 なにせマレルは、ラドラムよりも、読ませる力においてずっと上だと思っている。1 日せいぜい100 頁ペースのぼくが特に下巻は文字どおり「巻を置く能わず」の一気読みだったのだから、それくらい自分には面白かったのだ。マレルへの再開を喜ぶ自分があったというか。ほんと、文章の合間合間にマレル的なものとマレル的魅力が充ち溢れていて、ぼくは『螢』の中で「今後冒険小説を書く自信がない」と言ったマレルの苦痛からの蘇りを (しかも通り一遍の蘇りではない、魅力溢れるストーリー・テリングの技量を引っ提げて、だ) かなり喜んでしまった。

 さてそういうわけで密教集団は、巷で話題の統一原理協会が教えているものへの教条的繋がりなども見せてくれるのだが、あくまで哲学者集団みたいな感じで、地球は滅びかかっているということを真剣に捉えるまじめで美形な輩たちである。

 彼等が主人公の女性記者を付け狙い始めるところから物語は俄然疾走を始める。脈拍増加、血圧上昇のはらはらどきどきシーンがこんなに続く小説って最近あったかあ? などと叫びのたうちながら、読書的快感に悶え苦しむぼくであった。こういう面白いストーリー展開とスリル & サスペンス満載の本には、現実問題として理屈は要らないんじゃないでしょうか?

 またこの作品のイマイチ感について。前三部作とランボーシリーズは、主人公がすべてスペシャリストであったため、その存在自体がワイヤー上での自転車漕ぎみたいな危うい物だったと思います。彼等は謀略に巻き込まれはするけれど、謀略はあくまでサブストーリー。それ以上にあれらは、特殊な主人公たちの存在証明の物語でありました。生い立ち自体に凄まじい不幸を背負った連中が、その呪われた生い立ちを如何に処理するかの物語でありました。しかしこの新作は一人の素人女性の巻き込まれものです。まあこの設定だけでも、あるタイプの読者は好みから遠ざかるということもあるでしょう。主人公の魅力いう意味で得点が低いと言われればぼくも肯けます。

 それでもなおかつ褒めたい、人に薦めたいのが、ぼくの気持ちであるのです。何しろマレル迫真の心理描写は天下一品だし、環境破壊についての叙述は、かなりリアルな恐怖をもたらしてくれました。テロリスト教団に対するカウンター・テロ集団の存在も、小説全体の構図としては、なかなか巧いものでありました。

 最後に。この本、『螢』の影響からは免れ得ていない。息子を亡くした老夫妻がマレルの実像を投影するかのように登場するし、死への過酷なイメージ、虚無、永遠、神の不在、神秘……そういったものがマレルの心に刻みつけられているのは、この作品でかなり明らである。とにかくぼくにとって、マレルは最初からただの作家じゃないのです。

(1993.06.24)
最終更新:2007年07月15日 21:25