闇に刻まれた言葉


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題名:闇に刻まれた言葉
原題:Word Made Flesh (1999)
作者:ジャック・オコネル Jack O'Connell
訳者:浜野アキオ
発行:ヴィレッジブックス 2002.01.20 初版
価格:\780



 読後の疲労感の深さという点ではボストン・テラン『神は銃弾』とどちらが上まわるか首を捻りたくなるほどだった。表現のまわりくどさ。難解さ。宗教用語や抽象後の使用頻度の高さにおいても。

 この本に興味を覚えた人は、まず書店で、ぱらぱらとどこか1ぺーじを開いてみて、そこに書かれた文章を読んでみるといいかもしれない。この本が、あなたのチャレンジ精神を呼び起こるものなのか、一瞥して棚に戻させるものなのかは、けっこうその時点で明白になると思う。それほどとんでもない文章だ。

 最初は素人の翻訳なのかと疑いたくなったのだけれど、浜野アキオはチャールズ・ウィルフォード『危険なやつら』で大変うまい翻訳を見せてくれていたはず。そう言えば『神は銃弾』にしても、これが田口俊樹の翻訳なのか、と信じ難かったほどだから、やはり晦渋な文章を書く作家というのは、読者より先に翻訳家をまず泣かせているのだろうと思う。

 タイトルがそうであるように言葉にこだわった一冊。物語のなかでは書物=稀覯本という形で登場するが、とにかくボキャブラリーの分厚いカーテンの向こうに潜む登場人物たちのポジションや方向性を掴むのに大変な時間と労力を要する。退廃の街、廃止された地下鉄駅の底にもぐる迷宮。全体像を把握する前に相当どぎついイメージの氾濫に呑み込まれるような語りくち。

 ときには文章の形を借りて、ときには人物の会話を借りて、物語には多くの言語表現が挿入される。現在をなぞってゆく単一な描写ではなく、クインシガモントという街<ひねくれた時間の断面ともいうべき都市>の描写に多くを費やされる。

 地下鉄の駅では皮を剥がされた惨殺死体。古い稀覯本を追う組織。惨殺死体に関わって追われることになった元刑事。元刑事の妻は謎の爆殺事故を遂げている。一方では、老タクシー運転手が語る古い物語。すべての謎の中心にあるらしき古い物語。それはナチスによる<七月の一掃>という別の国における迫害の地獄絵図。

 これらすべてのパズルが容易に解けない。永遠に完成を見ることのないジグソーのよう。読者は不可解な思いを抱いたまま、ゴシックな語りくちに眼を晦まされながら導かれてゆく。

 終わってみればすべてがあるべき場所に嵌まっている。なぜ死体が皮を剥がれていたのか。なぜ元妻は爆殺事故を遂げねばならなかったのか。なぜ稀覯本を追う組織は古い書物と言葉にこだわるのか。ミステリを読んでいるというよりは、展開の怪奇さに流されてゆく感覚が強い。

 『私書箱9号』で一時話題になって以来ずいぶん長いこと取り沙汰されることのなかった作家であり、今後も少数派であることを甘受するしかないだろうと思われる、表現の祈祷師ジャック・オコネル。アメリカがこんなにも毒々しいエンターテインメント作家を産み出していたとは、知らなかった。

 ところで、これは果たしてエンターテインメントなんだろうか?

(2003.03.11)