悪党パーカー/逃亡の顔



題名:悪党パーカー/逃亡の顔
原題:The Man With The Getaway Face (1963)
作者:リチャード・スターク Richard Stark
訳者:青木秀夫
発行:ハヤカワ・ミステリ 1968.01.31 初版
価格:\270

 入手の困難な本を手に入れると読むのも大変なのか。紙は湿気を帯びて歪んでいるし、カビ臭さが鼻をつく。おかげで今夜はアレルギー性鼻炎状態。いったんお湯につけて中華鍋で炒めたあげく、十年くらいほったらかしにしておいたんじゃないか、と思われるような体裁の本だ。そいつを当時の価格の十倍以上の値で入手。世の中は絶対に間違っているとぼくは思う。

 だいたい、これはだれがどう見たってB級ノベルだ。ペーパーバックだ。安物クライムだ。だからこそ、本来は270円で買ってお手軽に楽しみ、一日を幸せにさせる類いの至宝であるべきなのだ。そう、スタークの安物B級は、そんじょそこらのハードカバーを軽々と一蹴するだけの濃密さを持っている。

 巻末解説が翻訳をしているわけでもない小鷹信光とあって本書は力が入る。その解説によるとすべての本シリーズ作品は四部構成になっている、という決まりごとまでは、ぼくは知らなかった。フラッシュバックで時計の針を巻き戻し、別視点で同じシーンを再描写してゆくという、この構成の妙については、確かにシリーズの特徴であり読みどころではあると気づいていたけれど、すべてが四部構成という様式美へのこだわりについては全然知らなかった。

 さらに一部一部が独立した短編以上の重みを持って、それなりの完結を見せる。劇中劇とでも言うべきそれぞれの章のかたちを変えたまとまり方が、いつもこのシリーズ作品を土台から支えている。本作品でも、ちょっとした<ならし>みたいな仕事が装甲車襲撃であって、このミッションだけでも実は一編の長編小説が出来上がってしまうくらい楽しく緻密なのに、それを惜しげもなく、さらりと一章で終わらせてしまうところが本シリーズの贅沢さであり、たまらない有り難みだ。

 そうやって別々の物語がいつも沢山詰まって一冊をなしている。キルトみたいに。パーカーは緻密で完璧主義で、いつもいくつもの派生すべき物語にもこだわるゆえに、一つのアクションが次なるスリルを生んでゆく。本書も次作への掛け橋的作品であり、同時に前作から繋がる作品である。独立して面白く、繋げて面白い。これでは唸るしかないではないか。

 『斧』は、理不尽だが殺人をクールに計画し実行してゆく物語。本作も、スタッブスという、脳が半壊したような元共産党員が、目的遂行のために仕事を処理してゆくシーン(電話帳をきめ細かく追跡してゆく場面だ)が、実にこまめで几帳面で、リアルで具体的で、日常性さえ豊かなあまり、どこか奇妙だ。ローレンス・ブロックの『殺し屋』シリーズにも繋がるブラックな悲喜劇性を、スタークはずっと遡った時代に既に実現していたのであった。

 今読んで全然古臭くない、今のウェストレイクとどう違うの? と言いたいくらい成熟度満点の<40年前の>作品なのである。

(2003.06.03)