雨の牙




題名:雨の牙
原題:Rain Fall (2002)
作者:バリー・アイスラー Barry Eisler
訳者:池田真紀子
発行:ヴィレッジブックス 2002.01.20 初版
価格:\760



 本国アメリカのペーパーバックでは今春4月と7月にそれぞれ別の版元から出版されるが、海外に先がけて日本では一年前にお目見えしているという珍しい本。作者は、日本企業アメリカ支店の弁護士で、日本滞在3年、いまだに東京が好きで行き来しているというまあ東京好きの外人さんである。

 舞台は東京。良くも悪くも海外作家が書いたというよりも、日本のハードサスペンスというイメージを受ける。翻訳家の名前がなければ、まるで日本人の書いたもののようでもある。そのくらい正しく今の東京が描かれていることにはまず驚き。しかし……。

 主人公は単独で仕事を請け負っている殺し屋。ベトナムの頃の回想が無理やり出てくるのだが、というと結構年配なのかもしれない。一人称形式の割にはサービス過剰ぎみで、ベトナムの頃の上司がCIAの日本支局長をやっていたり、日本の国政を影で操る総帥に迫力がかけていて後楽園ジムで主人公がばったり出会ったりと、ちょい軽薄に重いものを次々取り出してしまうところは、まるで胡散臭い手品師のようでいただけない。

 殺し屋という後ろ暗い罪いっぱいの職業のくせに、共感を求める口調がみえみえで、いかにも趣味のよさそうなバーやレストランで、美酒や料理に舌鼓を打ち、ジャズはセロニアス・モンクの「ブリリアント・コーナーズ」などを平気で聞く。ランボーみたいな話なのに、ハードボイルドの探偵口調が混じったようなアンバランスに居心地の悪さを感じる。そこまで多芸多趣味に打ち込める時間がある殺し屋というのも変な話だ。

 ぼくが口に合わない主人公の見本みたいなものは、数人の相手をあっという間に音もなく殺してしまう特殊技術(?)。緻密で慎重な警戒心を顕にしている割には、あっさりと出し抜かれもする間抜けぶりだが、それでもどこかベトナムで培われた格闘術を隠匿している、あくまでスーパーマン。ぼくは特殊な能力を備えた主人公は今や好きではなく、彼が酒や日本文化やジャズに蘊蓄を傾けるのは、さらに嫌いだ。そんな余裕があるの? と思うが、主人公と作者との仕切りがなくなった新人作家らしい典型的な悪例だろう。

 結果的には外人が日本を舞台にするとろくなもんじゃないと言いたいのだが、これは日本云々の方はむしろ成功例で、ここまで日本の抱える罪深い政治と経済の支配システムのあれこれをきちんと知って描写しているというのは本当に珍しいことだと思う。この作品があんまりうまくないと思うのは、その日本を興味本位で説明調に書き過ぎていることと、それを楽しみ過ぎている節があること。そして何よりも、恋に落ちてゆく主人公の殺し屋としての職業不適正ぶりに尽きるのじゃないだろうか。都合のいい出会いの偶然性も一つや二つじゃなく、ちょいといただけない。

 アマゾンの感想ではけっこう評価好調なので、単にぼくの側が乗れないのだと思う。鍛えられた特殊能力、かつ、ベトナム後遺症を背負って……みたいな主人公が大好きという人にはオススメなのかな。よくわかりません。

(2003.03.07)
最終更新:2007年07月15日 17:22