黒幕は闇に沈む





題名:黒幕は闇に沈む 上/下
原題:An Absence Of Light (1994)
作者:David L. Lindsey
訳者:山本光伸
発行:新潮文庫 1998.3.1 初版
価格:上\552/下\590

 リンジーと言えばこれまでヒューストン市警のスチュアート・ヘイドン・シリーズと相場が決まっていた。サイコ・サスペンス『悪魔が目をとじるまで』だけが唯一の例外でありながら、同じサイコもの『噛みついた女』で幕を開けたヘイドン・シリーズは、常に一殺人捜査からスタートしていた。

 しかし、それが市中の殺人を追うスタンダードなシリーズであったかというと、実はそうでもなかった。リンジーは常にヒューストンという都市の日常を逸脱し、『殺しのVTR』や『狂気の果て』では中南米の無秩序な血と硝煙の匂いを持ち込んだし、国際的なストーリー展開に話が拡大することもしばしばであった。

 サイコものと思えば国際テロもの、といった風に、ある意味では市中の殺人捜査課の警部ではどうにもならなくなってきたのが、リンジーの側の実情であったかもしれない。だからこそ、本書ではついにヘイドンを離れ、殺人情報課(CID)の警部マーカス・グレイバーの登場とあいなったのである。

 ヘイドンには奇癖があった。自分の中に葛藤を抱えていて、時折家庭や日常を離れ失踪するという奇癖。陰陽のある書き方は、最近影をひそめていたものの、当初はサイコ殺人に挑むに相応しい奥行きを感じさせていた。

 ヘイドンに比べると、こちらのグレイバーは、むしろスタンダードな冒険小説のヒーローに近いものがあるような気がする。悪党の親玉が、グレイバーだけには警戒心を持っているらしいスタート・シーンからして、既に主役の持ち上げが入っている点は見逃せない。

 リンジーは娯楽小説というジャンルにしては、精緻な文体でじっくり描く作家であるが、主人公の心の哲学的動きは、そうした面で相変わらずである。ただし、主人公を離れて悪の側の描写も少なくなく、またチームとしての動きも多く取られているため、ヘイドン・シリーズに比べて、主人公との距離を置いたストーリー重視の作風と言えるかもしれない。

 心の内部に踏み込んだり社会の側で出ていったりと、イン&アウトの激しい作家だと思うが、その重厚さがリンジーの味わいである以上、今後二つの主人公を使い分けるのも仕方のないことではないだろうか。

(1998.04.29)