狂気の果て



題名:狂気の果て
原題:Body Of Truth (1992)
作者:David L. Lindsey
訳者:山本光伸
発行:新潮文庫 1995.8.1 初版
価格:\760

 コーヒーと言えば苦みの効いたマンデリンの好きなぼくは、酸味の濃いモカとかグァテマラはあまり好みじゃない。その程度の雑事以外ほとんど情報や知識などが皆無に近いグァテマラという国家。これは全面的にスチュアート・ヘイドンがグァテマラを舞台にして繰り広げる、リンジーとしては最大限のスケールを持たせた作品であろう。

 ある意味ではリンジーの最高傑作の名をものにしそうな本である。かつてリンジーはサイコサスペンスの書き手だなどと勘違いしていたぼくは、邦訳の順番がどうしてもサイコブームに乗ったものだったという版元の意図的な罠に容易にはまった一人だ。リンジーはなかなかどうして、一つの警察小説というジャンルには収まり切れない国際冒険小説と言いたくなる、本書のような本を出していたのだ。できうることなら邦訳は順番にやってくれー!>版元。

 さてグァテマラがどういう国かと言うと映画で言えば「サルバドル」のエルサルバドル、「アンダー・ファイアー」のニカラグアと言ったところ。いわゆる中南米の軍事政権が支配する恐ーい国である。その恐怖政治に関してはクメール・ルージュを想起させるほどに死体の山を日々築いているらしき、本書の全編を占める描写に詳しい。読むほどに怖くなる国であり、ここに良識を持ったアメリカ人ヘイドンが、失踪した女子大生を捜しにやって来るというわけだ。

 ヘイドンに関しては彼自身非常にのめりこむタイプでありながら、熱血漢というにはほど遠い、冷静で合理的で知的な紳士である。趣味が豊富で、汚れ仕事が似合いそうにないけれど、独特の執念を発揮するところが妙にオタクっぽかったりする。これまで謎の失踪を遂げたりすることがあるなど、精神的な健全さという意味では、少し首を傾げたくなるところもある。

 本書の疑問点と言えば、そういうヘイドンのマイナス面はほとんど出ていなく、むしろ作者のモラルが前に出てしまったところかな、とも思われる。全体的にルポルタージュ的な雰囲気で終始し、ヘイドンにできることは少ない。錯綜した現地での人間関係や裏切り、不信、といったものに振り回されるプロットのドンデン返しは多いけれど、ヘイドンに多くを期待できそうもないムードが最初からあったりもする。

 そういう意味では特にヘイドンをここに持ってこなくても十分に通用した小説だし、これまでのヘイドン・シリーズのつもりでヘイドンに期待するわけには行かないところが歯がゆいほどである。作品の落とし前の付け方に関しても歯切れの良さがもしかしたら見当たらないかもしれないのだ。

 そして逆にこの本のすごさは、リンジー特有の細部にこだわった描写力だと言っていいと思う。アメリカ小説らしからぬ、自然や地形や天候の綿密な描写に、冒険小説的志向を感じる。何よりもあらゆる意味でグァテマラという魔境をぼくらの前にこれほどリアルに出現させてくれるのは、リンジーの腕前だと言っていいと思う。

 かなり高評価の期待できる一冊であるように思う。

(1995.08.18)