届けられた6枚の写真




題名:届けられた6枚の写真
原題:In The Lake of The Moon (1988)
作者:David L. Lindsey
訳者:山本光伸
発行:新潮文庫 1996.3.1 初版
価格:\720



 翻訳の順番がめちゃくちゃなのが本当に残念。『悪魔が目をとじるまで』以外の本書を含む5作がどれも、スチュアート・ヘイドンという特異な刑事のシリーズのものでありながら、そのヘイドンの物語をないがしろにされたこのシリーズのランダムな邦訳ぶりは、熱烈な読者としては本当に残念でならないのだ。

 というわけでこの作品は、『拷問と暗殺』に継ぐハズだった。昨年翻訳され衝撃を与えた『狂気の果て』に先んずるはずだった。この辺りシリーズ中でもかなり重要な時期に値するのだが、邦訳はこのような順序となってしまった。

 もっともこうした順序を無視しても、シリーズを感じさせない、それぞれ独立した物語として十分に貫禄のある作品群と言えるのがリンジーの世界なのだとも言えよう。

 時にエンターテインメントと言うより、ドストエフスキー辺りの純文学を読んでいるのではないかと錯覚させるほどに精緻な筆力は、この作家が英文学を専門に学んできたという背景と無縁ではないと思う。凝りに凝った文体と構成、凝りに凝った人物描写、国や町の描写。だからこそ確かな物語がこの上を疾走する。

 重く味わい深い小説なんだが、毎回手を替え品を替え、読者を引きずり込むこのシリーズ。今回は、ヘイドンという個人にとことん関わってくる事件とうことで、サイコパスと言えるであろう犯罪者を相手取りながらも、興味の尽きないストーリー展開になっている。ヘイドンという刑事に興味を持てる人には、シリーズ中でもかなり重要な作品であろう。『狂気の果て』はその一途さで魅了したが、この作品は同じくヒューストンを離れ、メキシコという中米の異郷を舞台としながらも、あくまでヘイドンに強く強く関わってくるところで、ぼくを惹きつけた。

 邦訳の順序を呪いながらも、こういう作家が未だに文庫でどんどん読めるという状況は、ぼくに脅威と幸運とを痛切に感じさせてくれるものなのである。

(1996.07.19)
最終更新:2007年07月15日 17:00