拷問と暗殺 ヒューストン連続殺人



題名:拷問と暗殺 --ヒューストン連続殺人--
原題:SPIRAL (1986)
作者:DAVID L. LINDSEY
訳者:菊池 光
発行:新潮文庫 1993.6.25 初版
価格:\720(本体\699)

 緻密で厚みのある描写で評価を得ている警察小説の書き手リンジーのひさびさの邦訳。恵まれた環境下ながら心には矛盾いっぱい、陰影いっぱいという生真面目な刑事ステュアート・ヘイドンのシリーズ第三作を読み終えた。

 もともとは、ヘイドン・シリーズ外の唯一の作『悪魔が目をとじるまで』でこの作家を知った。『羊たちの沈黙』の影響で邦訳が急がされた思われるサイコ・サスペンスものであり、次に初訳『噛みついた女』を読んでも、やはりこの作家はサイコ・スリラーの書き手であるのだと思っていた。しかし続いて『殺しの VTR』を読んでみると、ちょいと性倒錯スリラーとは趣きを異にしてきた。戦場のスナッフ・ヴィデオとその趣向者たちが、いきなり人間の底にひそむ悪と暴力衝動を思い切り掲げてヘイドンの前に立ち塞がった。

 そしてこの作品では、さらに悪の様相を捻じれて見えている。性倒錯ではなく、血への渇望でもなく、テロリストや悪政執行官たちの行動にヒューストンが戦場が変わった。彼らの行動が政治的であればあるほど、その原因は個人的な心の捻じれへと収斂してゆくのだ、と言わんばかりの、ヘイドンの懐疑と悲しみが全編を覆った一篇であると思う。

 時に本編を離れて作者はキャラクターたちの心理へと彷徨い込んだりもする。老犬との交情を通して日常生活の中に潜むいくつもの生や死を拾い上げて見せもする。逆に、これでもかと言わんばかりに描写が並べ立てられるヒューストンという都市については、遠く日本から想像するぼくのような読者には暗号の羅列でしかないのだが、この都市を知っている読者にはおそらくたまらないものであろう。日本で、高村薫や志水辰夫や原りょうや大沢在昌が描写する細かな都市描写をニューヨーカーが読んでもぴんと来ないだろうからその辺は類推できたりする。

 全体的に展開は過激なのだけど、テンポが掴みづらいだけに、さっと一気読みできる話ではないのだと思う。ただムードで読ませる作家だけに、好きな人はどの作品を読んでもいっぺんでリンジーのファンになれると思う。ぼくは、それだけにずいぶん楽しめた。

 翻訳の堅めな菊池光は、フランシス程度の短い文章にはいいのだけど、こういう長文書きの作家の訳にはおおよそ向いていないと思った。主語と述語の関係がこれほど遠く、何を言っているのだかわからない日本語も珍しいやと、ぼくは何度も嘆かされた。時間もかかりました。ぼくは扶桑社から出ている『殺しの VTR』の入江良平という人の訳がけっこうこの作家に合うのでは、という印象が強いのである。

(1993.07.18)