白の海へ




題名:白の海へ
原題:To The White Sea (1993)
作者:James Dickey
訳者:高山恵
発行:アーティストハウス 2000.10.31 初版
価格:\1,000



 ジェイムズ・ディッキーという名前をぼくは知らなかった。しかしその名前を、映画関連データベース・サイトで検索すると、ジョン・ブアマン監督、ジョン・ボイト&バート・レイノルズ主演『脱出』の原作者であり、かつ脚本家でもあるということがわかる。ネイチャー派の作家でありながら、タフなアクションを描く、しかしそれでいてどこまでも純文学系の作家、と言ったところだろうか。

 本書は、けっこう凄まじい。

 東京大空襲のさなか、撃墜された機銃手が、ひたすら北海道を目差して本州を北へと逃走する物語なのである。なぜ北を目差すかと言うと、アラスカ育ちでハンティングを生活手段としていた主人公には、雪や寒さの大地こそが何よりの味方だったからだ。

 脱出途中で多くの日本人を狩り、白鳥を殺しては生肉を食らい、殺した相手の前腕骨を砕いて針を作っては白鳥の羽根を詰めた防寒服を縫製する。かくも凄まじく残虐な話であり、一歩間違えれば感情のないサイコ殺人鬼かと思わせる鬼のような兵士の逃走の記録。

 一人称で語られるアラスカへの回帰と、そこで培われた生存術のすべてが、アイヌたちの狩猟生活をも凌駕しそうなほどに、孤独でタフで野生の極とも言うべきものとして浮き上がってくる。

 全面、奇妙な脱出行の描写に尽きる。乾いた文体による不可解な行動と、説明されない人格。狂気に陥りそうなほどに絶望的な状況と、これを切り拓いて逃げてゆこうとする強烈な意志。大自然のなかでの充足感と、母なる大地に抱かれる甘美。多くの個性的な描写がシンプルなストーリーの中だからこそ斬新極まる。

 本書の映画脚本を執筆途中、ディッキーは亡くなった。『ファーゴ』のコーエン兄弟監督、ブラッド・ピット主演で2002年映画化予定作品。もちろん全面的に日本が舞台となる作品であるだけに、その頃には注目を浴びる作品としていやでもぼくらの前に登場してくることになるかもしれない。

(2001.04.28)