壊人




題名:壊人
原題:Slob (1987)
作者:レックス・ミラー Rex Miller
訳者:田中一江
発行:文春文庫 2003.03.10 初版
価格:\857



 タイトルも変だが、カバーもアメリカン・コミック風で、小説そのものはもっと変だ。無責任風盛り上げ宴会文体みたいなノリで描かれる主人公は、史上最強の連続殺人鬼<チェーンギャング>。

 レックス・ミラーが好きな作家はトマス・ハリスとアンドリュー・ヴァクスだそうで、なるほど、幼児時代のトラウマを抱えて連続殺人鬼になってしまったというこのコミカルなほどデフォルメのきいたチェーンギャング。ハリスやヴァクスの暗さ、深刻さ、生真面目さは全然ないムードだけれど、それは、壊人が、ヴェトナムでランボーやコマンドー並みの殺人技術、武器知識、索敵能力を身につけてシカゴに帰ってきたなんていう設定もプラスされているからだと思う。冷酷無比、高IQを誇るまさに殺人マシーン。しかもこの獣一匹のおかげで心臓なき死体が量産されるという、まあ相当に漫画的かつ無茶苦茶な話ではある。

 一方で、連続殺人事件の解決能力を高く評価される刑事が、シカゴに呼ばれて特別捜査に当たることになる。こちらはどうということのない並みの能力でありながら、心優しく、機転のきくまあ普通のオジサンみたいなものだ。普通に闘ったら絶対に壊人に太刀打ちできないぞ、と思われるアンバランスさのなかで、妙に舌の回る軽妙テンポの文体が跳ねて、ストーリーを盛り上げてゆく。どうやって闘うのかという興味に絞られてゆく、接近、遭遇、そして対決。

 壊人の唯一の欠点と思われるものが巻半ばにて暗示されるのだが、これがやっぱりラストで活躍するの。最後まで、どこか落とそうとする話なのである。怖くてたまらないような物語でありながら、チェーンギャングは笑えるようなミスも多いし、緻密かと思えばとても雑であり、残虐なようでありながら、ひょっとしたことから被害者が彼の暴力を回避したりもする。作者のペンのスリリングな屈折が、どことなく笑える。

 文春としては「スプラッタパンク・ホラー」という路線で売り出しているのだが、思いのほか明るく健康なイメージが湧いてきてしまうのは、そうしたブラックユーモアの使いどころ、子供や動物を使ったところでの作者の仕掛け、などなど感じられるところは多い。残虐シーンは簡潔にさらりと。対比される人間的シーンについては、過去から現在までをじっくりと描写してゆく。なるほど、やはりヴァクスをしっかりと意識した作品ではあるのだ。

 結末を読んでいる身にはちょっと意外だが、この作品、続編も続々編もあるのだそうだ。真面目小説とは言いがたいけれど、たまにはこうしたサービス満点、しかもひねりのきいた小説というのは、時に大脳の刺激になっていいかもしれない。かと言って子供には読ませたくないけれども。

(2003.06.08)
最終更新:2007年07月15日 16:15