一瞬の英雄




題名:一瞬の英雄
原題:Man Of The Hour (1999)
作者:Peter Blauner
訳者:服部清美
発行:徳間文庫 2001.10.15 初版
価格:\838



 よくぞ、この時代に書いた……そう思える本。

 ニューヨークの問題校の教師でありながら、英雄的行為を生徒に解き、自らも憧れる主人公。対照的に、彼がついに救うことのできなかった中東出身の青年。テロから生徒を守ろうとする行動に対し、爆弾を仕掛ける側のイスラムの論理。アメリカに住みながらアメリカのすべてを憎むパレスチナ出身者たちの組織。

 そうした対立の構図を、さらに泡立てる存在であるマスコミという悪。真実を遠ざける役割に一役買い、多くの弱者を傷つけるマスコミは、本来の目的や存在意義を失って強力な悪魔と化すこともできる。

 作者ブローナーは、いつも大都会の弱者を描き続ける。弱者の矛盾と闘いと葛藤とを、常に人間の目線で描き続ける。

 多くの派手な火薬が使用される物語ではない。ここという重要な時間にだけ爆弾が炸裂し、ある者は死に、ある者は重荷を抱え込む。マスコミは糾弾し、世界は憎悪に燃える。宗教と民族と国家の対立が持ち越されるニューヨーク。

 当然ながら作者は今現実に行われてしまったニューヨークのテロを予測して書いているわけではない。この作中にもしばしば登場する世界貿易センタービルでの過去の爆弾テロ。多くのテロ行為。モスリムの側からの他にどうしようもない袋小路的目的主義。その狭間で苦しむイスラムの少女の宿命と迷い。血と理性の対立。

 街のなかにこんなにも燃え盛る場所があったのか。そう思わせるほどに発火点に近い位置に材を求めて、独自のドラマを提示する作家、それがブローナーであり、ぼくはずっと彼の作品を人間の眼差しで読み続けたいと思っている。

(2001.11.11)
最終更新:2007年07月15日 15:16