欲望の街



題名:欲望の街 上/下
原題:Slow Motion Riot (1991)
作者:Peter Blauner
訳者:白石朗
発行:扶桑社ミステリー 1992.10.30 初版
価格:各\540

 ブローナーは邦訳作品はまだ本書、『カジノ・ムーン』『侵入者』の三冊きり。彼の皮切りになった作品が、MWA新人賞受賞のこの作品。

 厚めで重厚で、どちらかと言うとストーリーよりは人物重視。ブローナーの特徴とも言えるアメリカの腐敗社会の描写が圧巻であると思う。ゆったりとしたストーリー展開なので、プロット重視の方にはお薦めできない。

 主人公は刑事でも探偵でもなく、一介の保護観察官。そして手のつけられない黒人不良少年が彼の前に立ちはだかる……というと、何だか軒上泊のアメリカ版か、と思われる。しかし、さすがアメリカの不良は、日本の同世代のようには一筋縄では行かない。それどころか主人公の保護観察官を含め、市民を恐怖に落とし入れるほどの迫力を備えており、血と殺意に満ちた短い生涯をめざそうとするデカダンスな姿勢は、まるで現代版ビリー・ザ・キッドそのままである。

 主人公の保護観察官は、街の若者たちの多くの問題を抱えているが、そこに客観性を持ち込むというよりも自分自身をより深く関わらせてゆく独自の動きをしてゆく。少女に惚れ込み、不良少年の威嚇には、びびる。だからこそこの腐敗の街には特別な物語が流れてゆくのだろう。変化を求めないごく普通の市民たちは、物語をあまり作り出さないだろうけれど、ここでは積極的に関わり動いてゆく主人公、そして彼に憎悪を燃やし、対決を迫る一人のティーン・エイジャーという構図があり、徐々にだが、緊迫感を高めてゆく。

 これ以上もない沸点に達したときに、街は燃え盛り、物語は終わりを告げてゆく。何かの救いとか良心といったものはここにはなく(ブローナーはいつもそうだ)、ただあるがままのアメリカの病んだ現実が、ぼくらの中に冷たい風を吹かせる。「社会派問題作」という形容が最も似合うような小説と取っていただいていいかもしれない。

(1998.04.28)
最終更新:2007年07月15日 15:11