上司と娼婦を殺したぼくの場合 (「あんな上司は死ねばいい」へ改題




題名: 上司と娼婦を殺したぼくの場合
原題: Cold Caller (1997)
作者: Jason Starr
訳者: 大野晶子
発行: ソニー・マガジンズ 1999.9.25 初版
価格: \1,600



 ダグラス・ケネディの『仕事くれ。』はいわゆる失業サスペンスだった。国内でも藤原伊織が企業転職ハードボイルドとでも言うべき『てのひらの闇』を書いており、どちらも秀逸の出来。かつての企業小説と言うと夢も何もないビジネスマンのための参考書ミステリーみたいなからっとしたものが多かったのだが、ビジネスの世界も今では十分に娯楽性を与えられて生き生きと描かれるものが多くなった。

 もっともそうした傑作ビジネス冒険小説(と呼んでしまう)には悩める主人公、生きのいい上司や同僚といった、かなり人間味のある(ORない)職場があって、少なくとも企業を舞台にしてはいるものの、きちんと男たちの誇りはぶつかり合うということを前提としているのだ。人間のあがきがあって初めてビジネスの舞台だって冒険小説の舞台たり得るのだ。

 さてそうしたビジネス・ミステリ(とも言ってしまう)の分野にまた新たに問題作の登場。

 <「タフでクールでエレガント……会社社会を舞台にした必読の犯罪小説」エドワード・バンカー>

 と帯にある通り、バンカー作品の版元でもあるソニー・マガジンズらしい前口上のおかげで買ってしまったのだが、読み始めたら文字通り止まらなくなった。原題と違ってタイトルで思い切りネタバレをこいているところが版元としては凄い決断だったと思うが、思いのほか地味めの展開に非常に屈折した主人公のだらしなさ、情けなさ、驕慢な部分が意外で楽しい。

 ブラックという言葉は今や懐かしい思いがするけれど、これ以上ブラックで無気味な小説もなかなかないかもしれない。派手なシーンを使わずにこれだけ面白く話を進めてみせた作者の手腕に拍手したくなる。デビュー作でいきなりこのブラック。解説ではノワールとなっているけれど、ぼくにはブラックの印象が強過ぎた。こんなラストを誰が予想し得ようか?

(1999.12.26)
最終更新:2007年07月15日 15:03