クレイジー・イン・アラバマ




題名:クレイジー イン アラバマ
原題:Crazy In Arabama (1993)
作者:Mark Childress
訳者:村井智之
発行:産業編集センター 2000.6.15 初版
価格:\1,600



 今年のベストには絶対に入れようと思っている、ぼくとしてはかなりお気に入りの作品。

 ルシールおばさんと少年ピージョーとの二つの物語が同時進行するブラックでヒューマンで何ともアメリカな物語であるのだけれど、何と言っても1965年のアラバマが舞台ってところが味噌。マーティン・ルーサー・キング牧師とアラバマ州知事ジョージ・ウォ-レスとの演説対決のシーンもあれば、夫を殺してその首を持ち歩きならがもハリウッド女優を目差しているルシールおばさんの『じゃじゃ馬億万長者』出演風景もある。

 どちらかと言えばジョン・グリシャムの好みそうな人種運動の熱気のさなかで、とても個人的な二人を主人公に据えて、とても異様な世界を情感豊かに、そして何よりも劇的に描いている不思議な作品。そう遠くない重い歴史のうねりの中に身を置きながら、あくまでブラック・コメディというか、ホームドラマを貫く物語性の骨太さは何とも言えず好感度抜群。

 ルシールおばさんはアラバマ一のお尋ね者となってアメリカ西部に車を駆ってゆくのだが、映画『テルマ&ルイーズ』そのままのアメリカの広漠感を思わせる。アメリカの夢。刹那主義。明日なき疾走感。暴走。そしてラスベガス、ハリウッドの名シーンの数々。夢を追うために殺人者になったルシールおばさんにいつのまにか同化させられてしまうのはどうしてなのだろう。

 一方、ピージョーの周囲は公民権運動をめぐって俄かに騒がしくなり、映画で言うならまるで『ミシシッピ・バーニング』。読み応えはそうした事件にもあるのだけれど、むしろ葬儀屋を営む叔父一家や街の人々の個性、そしてそれぞれの感性までもがじっくりと描かれている部分にあるのかもしれない。この小説のなんという魅力溢れる部分か。キャラクターの一人としておざなりにしていない作者の気概が凄い。

 70年代アメリカン・ニューシネマを思わせるやるせなさ、残酷さ、そして奔放でタフな生への讃歌。爆発力。これ以上ないほどに野生的な自然とのハーモニィ。たまらない読後感を残す作品である。

 あまりに深く広大なこの作品世界にだれもがはまってしまうはず。今日現在、一押し作品!

 *ちなみに訳者はエドワード・バンカー『リトルボーイ・ブルー』の村井智之氏。非常にいい訳者だと思います。

(2000.07.20)
最終更新:2007年07月15日 14:56