アニマル・ファクトリー




題名:アニマル・ファクトリー
原題:The Animal Factory (1977)
作者:Edward Bunker
訳者:小林宏明
発行:ソニーマガジンズ 2000.10.20 初版
価格:\1,800



 エドワード・バンカーという人は、長編小説を通して、作家としてはかなり希有なタイプである自分の実人生を切り取り、その意味を問い糾しているのではないだろうかと思われる側面がある。

 『リトルボーイ・ブルー』では刑務所人生を余儀なくされるに至る子供時代の出口なき不幸に焦点を当てている。『ストレート・タイム』では刑務所を出ても、実社会にまともな人生を送るべき場所のない前科者の救いなき疎外を、社会のひずみへの強烈な反発とともに描いている。

 そしてついにこの作品。本書では、彼の人生の最も多くの時間を費やさざるを得なかった服役生活そのものが否応もなく描写されてゆく。いわばバンカーのコアに当たる部分である。とりわけ刑務所生活が人間を更正させるのではなく、むしろ犯罪者に仕立て上げてゆくという社会システムのパラドックスを突いてゆくシーンが、この作品の核心部で、それはそのままバンカーの苦渋に満ちた半生の最大のターゲットである。

 この作品の読後、映画『告発』を見たのだが、ぼくは同じ主題にぶち当たった気がした。アルカトラズ刑務所の独房生活で一人の出口のない少年が殺人者に仕立て上げられてゆく姿……人間性を破壊されてゆく姿は、バンカー作品に比べると構造的にはシンプル過ぎはするものの、刑務所そのものを告発する新米弁護士の姿はかなり印象的なものだった。

 本書は、しかし映画『告発』でなされた刑務官や刑務所長個人への告発とは少し違う。一連のバンカー作品が告発しているものは、幼い魂が出口を失ってゆかざるを得ない社会システムであり、刑務所でアニマルそのものに変えられてゆく環境構造であり、更正への意図をくじく出所後の社会そのものの矛盾である。個人への告発ではないだけに複雑で奥行きがあるものだ。

 バンカー作品は、重い現実を引きずったドキュメント性を帯びている。しかし、きちんと小説という人間味のある表現で書かれているために、非常に一般の読者の触れやすいかたちとして普遍化されている。読んでいてページが進むし、内容も、はらはらする展開が多く、感情や甘さを配したハードボイルドの文体が巧みで、深く、面白い。

 数あるプリズンものの中で特異なリアリスム。書くモチーフが確かなために生まれるエネルギー。現存するバンカー最後の長編作品の最終ページをぼくは大事に閉じた。あまりにも過酷でタフな余韻を残す終章を、ぐっと噛み締めながら。

(2001.04.28)
最終更新:2007年07月15日 14:48