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ロベルト・スッコ




題名:ロベルト・スッコ
原題:Roberto Succo (1991)
作者:パスカル・フロマン Pascale Froment
訳者:仲条省平+仲条志穂
発行:太田出版 2002.12.28 初版
価格:\1,900



 凶悪犯罪のルポにしては、なぜ今ごろという感があるけれど、映画に併せて急ぎ翻訳して出版に漕ぎ着けたらしい。版元は『バトル・ロワイヤル』で一躍有名になった太田出版。

 ルポルタージュの常で取材したことを棄てずに全部とにかく記録してしまうという主旨でいったためか、まとまりがなくなるぎりぎりの段階までとにかくすべてを書いてしまおうという著者の根気と意欲と執念を感じさせる。表現方法はノンフィクション・ノヴェルの様式なので、小説を読み慣れている人間にとっては有り難いかたちである。

 構成の勝利とも言うべき本であり、目次で惹かれ、読み進むにつれその構成の妙はしっくり嵌まってくる。著者の重ねたインタビューをどのように纏めてレイアウトしてゆくかということがこの種の本の生命線なのだけれども、その点では非常に大衆受けできるようなところまで落としていただいた感じで好感度が抜群である。

 まるでフィクションの活劇を楽しむように読めてしまうノンフィクション。

 とは言うもののまず題材がいい。ロベルト・スッコという二十代前半の天使のような顔をしたシリアル・キラー。あまりに謎が多いために本来記録になりにくい部分を含め、著者が謎は謎としてミステリアスに残したために、逆にその空白を追跡する興味で読まされる。シリアル・キラー生成の謎についても、母親からの虐待による部分、脳の先天的異常の部分、どれも突き詰められていなく、曖昧に謎として提示されてしまっている部分がとても残念だが、ある意味、全体的に情緒に流されずにさっぱりと書き切ってしまったルポでもあり、深く何かを突っ込むというよりは、時系列順に並べて整理することが精一杯だったかなと思われるほど、確かではなく、証拠も不十分で、裁判にさえならずに死んでいったスッコという殺人者の物語なのである。

 かゆいところに手が届かない苛立ちを感じるものの、逆に取材できている部分は徹底して書いているように思う。とりわけ親殺しの描写は胸が悪くなるほどリアリティに富んでおり、これは同じリアリスムを追求したかつての長谷川和彦のデビュー映画『青春の殺人者』のようだなあと感じていたら、巻末で訳者が全く同じ印象をしっかりと書いていた。『青春の殺人者』は座りのいい映画ではないのだが、どこまでもつきまとってくる悪夢と不条理の映画で、あの作中の市原悦子と水谷豊のリアルな親子像が実に嫌らしかった。

 またサブリナ、フランチェスカと少女との間にだけ覗かせてきた殺人者ではない稀少なスッコの一面が、母子関係との危ういコントラストをとっている辺り、人間研究の今後へのバイブルになる可能性も秘めた本書は大変なグッド・ジョブになるのではないだろうか。

 ちなみにぼくのゆく図書館では『社会心理』というコーナーに本書は収蔵されてました。

(2003.06.17)