馬鹿★テキサス




題名:馬鹿★テキサス
原題:Buck Fever (2002)
作者:ベン・レーダー Ben Rehder
訳者:東野さやか
発行:ハヤカワ・ミステリ文庫 2004.05.15 初版
価格:\740



 思い切ったタイトルの文庫本に巻きついたコシマキには「バカだらけ!!!」の大きな文字。さらには「爆笑必至のコミック・ミステリ登場」。

 という割には、期待していたものとは大幅に違うもので、いわゆるペーパーバック・クラスの普通のクライム・ノヴェルであり、爆笑するシーンというのは一つもない。馬鹿は確かにいっぱい出てくるけれども、クライム・ノヴェルあるところには馬鹿は当然沢山登場するのであり、この鉄則はロス・トーマスでもジョン・リドリーでも古今に渡って不動であると思う。

 それにお笑いでもブラックなユーモア感覚でも今挙げた二人のほうがずっと上をゆくと思う。ゆえに、この作品はさほど特徴がないB級クライムのだけれど、ちょうど鹿を道具立てに使ったミステリだし、馬鹿な連中も適当に出てくることだし、ちょうど「鹿」の文字を使って少し見かけだけでもオリジナリティ豊かで突飛な作品という感じに仕上げてしまおう、というくらいの版元の企みがあったのではないか、などとぼくは邪推する。いわば版元の側の遊び心というのが、こんなタイトル、ふざけた装丁にしてしまったものだと思う。

 馬鹿ハードボイルドでは、やはりチャールズ・ブコウスキーの「パルプ」が群を抜いていると思うけれど、そこまで馬鹿になりきれないのがこの作品のテキサス田舎小説のほのぼのってところだろう。思い切り心の優しい主人公と、彼を取り巻く友情や恋のサークルが、悪党どもと対決する。

 悪党の側もなんとなく多彩で、冷血で残酷なコロンビア人の殺し屋がいたかと思うと、普通のビジネスを少しだけ誘惑方面に踏み出しちまった愚かな亡者がいる。さらに全然憎むことのできない二人組みの馬鹿コンビは、古くは『隠し峠の三悪人』、それをモチーフにした『スター・ウォーズ』などの、ずっこけ二人組の公式を想起させて楽しい。。

 締め括りもきっちりと一人一人の悪党にそれなりの最期を用意してあげるなど、丁寧な仕事には好感を感じこそするけれど、馬鹿ふざけのスタイルはこれっぽちも見当たらない。むしろ丁寧で誠実な作品として、まとまりのある佳品ではなかろうか。シリーズ第二作も是非読んでみたいけれど、狩猟監視官という主人公の仕事でどこまで、これを凌ぐ物語が作れるのか、プロットのいい作者であるからこそ期待が持たれるところである。

(2004.09.20)
最終更新:2007年07月15日 00:03