愛はいかがわしく


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題名:愛はいかがわしく
原題:Love Is A Racket (1998)
作者:ジョン・リドリー John Ridley
訳者:雨海弘美
発行:角川ブック・プラス 2000.11.30 初版
価格:\1,000



 ジョン・リドリーは、かちっとタイトで面白い。そのイメージだったのだが、本書でそいつはがたっと崩れ落ちる。脚本家らしく起承転結がはっきりした、エンターテインメントの堅い基盤に根を下ろしたような『ネヴァダの犬たち』『地獄じゃどいつもタバコを喫う』とは、本書は全然違っている。どちらかと言えば、作家と作品との間の距離感をあまり感じさせない、自己主張の強い駄弁り口調の小説、と思えるところがある。チャールズ・ブコウスキーのアフロ・アメリカン系ハリウッド版スタイル、とでも言おうか。

 いきなり指2本を担保に、博奕で擦った借金を返せと脅される、となれば、まるで『ネヴァダの犬たち』の焼き直し、と思われるが、実は、プロットの奇妙さに真っ向走り込んでしまった前作を、違う味つけでやり直したような一作であると言えないこともない。ストーリーが進むにつれ、沙漠派『ネヴァダ……』と、都会派本書は、全く違った作品へと袂を分かってゆくのではあるが、大筋はどこか似たようなものだ。でも、まるで違う作家が書いたような、異なる味つけのニ作を見ていると、リドリーという作家の才気も、深さも自ずとわかろうというものだ。

 訳者の雨海弘美は、DJまでやっているそうな。この人の崩しに崩した翻訳が、きっと本書には似合っているのだろうなと思う。リラックスしたスタンスで、じっくりと書きたいだけ書いたというイメージ。寄り道の多いプロット。何よりも、多くの陳列すべき「できそこない」たちを、愛情込めて描きたかったのかもしれない、このマイナー・プロジェクト。忘れがたい端役たちはいつも、酒場で明日をも知れぬ酔いに身を任せている。

 LA、ハリウッド、ラスベガス。貧富が生み出す、深い都会の皺のなかで、金と、暴力と、夢のかけらが彷徨い出すような、オフビートの日々。この作品を読むまで、リドリーが黒人であったことを知らなかった。他のニ作で全く自分を語らなかった作家が、映画脚本を片手におちぶれた生活を送る黒人を描いた。そして再起をかけて、地の底から脱け出そうとあがき、あがき、あがきまくる物語。リドリーの、傑作とは言えないかもしれないが、愛さるべき作品とは言いたくなる、あまりにも強烈に、心に食い入る一作なのである。

(2004.02.22)