残光




作者:東 直己
発行:角川春樹事務所 2000.9.8 初版 2001.6.8 4刷
価格:\1,900

 これが東直己の最高傑作だという人が多い。ぼくは畝原ものの方が世界の深みにおいて勝っているように思うのだけれども、エンターテインメントと言う意味ではこれほど面白い作品にはまず滅多にお目にかからない。

 何がこの作品を成功させたのかは一目瞭然である。傑作『フリージア』の人間凶器、あるいは殺人機械と言うべきあの榊原が、何とまあススキノ探偵ワールドに入って来てしまったのである。それだけで何をか言わんや、のまずもっての期待度なのである。それまで両シリーズを読んでいる読者には、これ以上ないほどのストロングなドリンクなのである。

 だから、まずこの作品が日本推理作家協会賞を受賞したということだけで、すぐにこの本を手に取ってしまってはいけない。娯しみは間違いなく半減するだろう。榊原の登場編である『フリージア』を、それとは別にススキノ探偵シリーズ『探偵はひとりぼっち』までの少なくとも長編4冊&できれば短編集『向こう端にすわった男』の5冊、締めて計6冊を読んでから、味わっていただきたい。これはシリーズものを読むときに最低限必要とされる、ホンモノのハードボイルド志向者の掟なのである。

 そう出来の良くもないシリーズの場合はぼくはこんなことは言わないけれども、これは傑作だからこそ上記のマナー、いや掟に則って読み進めてきていただきたいわけだ。

 というのも、これは両シリーズのオール・スター・キャスト作品であるからだ。一人一人がただ脇役というのではなく、この作品においてはあまりにも重要な役割をあてがわれるからだ。彼らなしでは成立しないほどに重要な役割を。そして彼らを知るための近道はないのだ。彼らを本書で味わうための近道は。

 ここまでストリクトリー・スピーキングで話を進めることは、無責任なぼくの場合あまりないことなのだが、今実は、日本で一番好きな(好きになってしまった)作家なのである。東直己は。そこまで惚れ込んだ。だから、この人の作品は、是非丁寧に読んで頂きたいのだ。商業主義ではなく、あくまで書くべくして書かれた、どれもが渾身の作品と感じるからこそ、また誰もが読んで損をしないだろう完成度を持った作家であるからこそ、自信をもってそう言えるのだ。

 これからこの作品を読める人が羨ましい。この先にはまだまだ東直己の真骨頂である畝原探偵シリーズが待っているのだから。本当に羨ましい。
最終更新:2007年01月05日 02:01