転落の道標




題名:転落の道標
原題:Dark Ride (1996)
作者:Kent Harrington
訳者:古沢嘉通
発行:扶桑社ミステリ 2001.02.28 初版
価格:\705



 ただ駄目な男がひたすら堕ちて犯罪に手を染めてはやがて滅びてゆくストーリー。というと、それだけでもう立派に暗黒小説というジャンル、と思われる方が多いかもしれない。しかし物事はそう単純にはゆかない。それだけでは済まないところが暗黒小説の難しさなのだ。小説としての魅力やストーリーテリングの運び方などのツボを抑えていなければ、ジャンルがどうだなんて言う前の段階で、読者からそっぽを向かれてしまいかねないものなのだ。

 そういう意味でひたすら堕ちて滅びてゆくサイドに立ってのストーリーと言えども、そのシンプルさゆえのハードルの高さ。ちょっとしたプロットに頼るのか、はたまた説明などほとんど抜きで衝動と狂気の赴くままに血と欲望の物語を演出してしまうのか。エルロイが前者なら、ジム・トンプスンは後者かもしれない。それらがエルロイやトンプンスンのパワフルな狂気のスタイルであると言える。

 では本書は? 非常にシンプルに表現すると、エルロイとトンプスンの間にかましたテキサスヒットのようなタイプの作品であるようだ。むしろシンプルなストーリーだからこそ、計算されたデリケートなプロットと狂気の衝動とを合わせた上で、爆発させる、貯めの力学とでも言っておきたいスタイルの小説である。

 舞台は小さな地方都市だが、根本にあるのは村社会。エスタブリッシュメントに生を受け、そこそこ出来もよかった青年の破滅する姿を描いてゆくのだが、トンプスンと非常に似たイメージで始まりながらも、主人公を取り巻く小さな村社会の歴史的背景がフラッシュバックのように繰り返され、今彼を取り巻く男も女も死者たちも過去へと繋がるしがらみでいっぱいの存在だ。政治的で富も名声も持っていた亡き父親はなかでも主人公をがんじがらめに縛っている。

 またこの物語の極めつけはファム・ファタールである人妻。彼女にに日々支配されてゆく主人公の性欲まみれの道行きがすべての発端である。あらゆる反社会的なものへの道程貫通。暴力。さらには金や権力への貪欲が加わって殺意へと加工されてゆく敗者の側のロジック。父への強烈なコンプレックスに脅え、ヤクまみれになって墓を傷つける男の悲愴にはどう見たって先がない。

 それらのすべての転落への道標が早々と読者に提示されてゆく。だからこそワルの新手が登場する度に、物語は読者の理解のさらに上をゆく。この当たりがたまらないところかもしれない。

 小さな地方都市の利権を巡るサバイバル・ゲームのなかで、主人公がひとり狂気を暴走させてゆく。資力や権力の奪い合い。醜悪な欲望の真ん中で、血塗られたバイオレンスすらもがやがては貶められ辱められてゆく、その徹底的な破滅と皮肉。完成度の高い、真正ノワール小説が現代にまた一つ、これ以上ないほどの深い陰影を刻み込んでみせた。

(2003.02.03)
最終更新:2007年07月14日 22:51