地上九〇階の強奪



題名:地上九〇階の強奪
原題:THE BOOSTER ,(1989)
作者:EUGENE IZZI
訳者:朝倉隆男
発行:ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫 1992.9.30 初刷
価格:\580(本体\563)

 なるほど、これは文句なしのイジー最高作でありましょう。とりわけハードボイルド嫌いの方にもこちらは冒険小説の味つけがたっぷり足してありますからオススメさせていただきます。サンシャイン60よりさらに50階も高い110階建超高層ビルディング。季節はシカゴの二月。記録ものの吹雪が連日吹き荒れ、耐寒温度は零下70度を越える空。癌に侵された老金庫破りとその若き弟子は90階の窓を破って、マフィアの札束に挑む。ううむ。申し分ないじゃないかあ!

 どうも邦訳タイトルのおかげで損をしているなどという声もあるようだけど、ぼく自信は何の予備知識もないときにこのタイトルに十分興味を示しちまったし、もともと襲撃ものはジャック・フィニィの『五人対賭博場』『完全脱獄』以来好きでたまらんのです。だから山田正紀『襲撃のメロディ』『火神 (アグニ) を盗め』『不思議な国の犯罪者たち』なども大好きだった。 高村薫では『黄金を抱いて翔べ』『神の火』が好きなのだ。TV『スパイ大作戦』や映画『黄金の7人』で培われた趣味なのだね、きっと。

 さて、そういうわけでクールなことこの上ない老金庫破りボロの物語。もちろん主人公は彼だけじゃなくて、若きヴィンセントでもある。彼の暮らすロフトは本と車以外何もなく、彼の最大の趣味が読書であるという。こういうひねた孤独癖の前科者を描けるところがイジーの魅力でもあったりする。そしてその屈折した心や、壁にぶつかるたびの痛みがしっかりと描かれていること。こうした土台の厚みの上に構築されたクライム・ノベルが、要するにイジーの持ち味であることが、ここまで読めば大体明らかになるみたいだ。

 ボロの(しかしイジーの主役たちはなんでこう揃いも揃ってひねた名前をさっそうと身に纏っているのだろう (^^;))経営する犯罪者バーの風景はド迫力である。世の中の裏街道を生きる、組織とは離れての孤独な犯罪者たちの拠り所である。ボロはあるとき癌を知るが、彼にとって死とはここで改めて意識されるものでもなかったようだし、彼らの凄味はそうした死の近さ、死の招きやすさ、みたいなところにあるらしい。まあ、一人一人を主役に据えて一冊一冊のストーリーが書けそうな連中ではある。イジーの作品世界もずいぶん広くなったものだと思う。

 まあ、なんと言っても圧巻は高層ビルへの突入シーンである。そしてラストへの息つけぬキャラクターたちのそれぞれの動き。白一色と化し、凍ったように見えるシカゴの街の裏側が、ぐらっと鳴動するひとときであり、読書的醍醐味のひとときである。悪党の浅薄であるがなお鋼のように強い執念は本書でも十分に生かされているし、殺人者たちの病的な骨格はここでかなり浮き彫りにされて来ている。ある意味ではサイコ的なサスペンス色も感じさせる作家であるのだ。

(1992.12.15)
最終更新:2007年07月14日 22:20