暗号名スイス・アカウント



題名:暗号名スイス・アカウント
原題:THE SWISS ACCOUNT (1991)
作者:PAUL ERDMAN
訳者:山本光伸
発行:新潮文庫 1993年4月25日 初版
価格:\680(本体\660)

 もう 10 年近く前に、この作者の『オイル・クラッシュ』を読んで、ストーリー自体は小難しいのに、なんでこんなに読ませるんだろうか、とその「読ませる」腕に呆れたんですけれど、この点、現在も少しも変わっていないのには驚いた。彼自体は、こんなに小説に注釈を入れる以上、学者肌と見るべきなんだろうけど、興味の焦点を数珠繋ぎにして行く、そのリンケージのし方は巧いなあ、と思うのである。

 例えば、この本はメイン・ストーリーというものは一本じゃなくって、いろいろなエピソードの数珠繋ぎなんだけど、世界というのは密接に関係づけられているのだよ、ひとつひとつのエピソードは単独で孤立してあるわけじゃないのだよ、という歴史家的視点を容易に読者に与えてくれちゃったりしているのである。

 そういう意味では、実に錯綜したノンフィクションの歴史的真実を、このような形で (注釈があろうともわかりやすい形で) 提供してくれるアードマンという作家には、それなりの独自さを認めてやってもいいかなあ、などと思いました。

 ただし注釈中に、作者創造の人物であるピーターらの存在が実在として書かれているのは、これはなんだろうか? また同姓同名の実在人物がいるがこれはまた無関係の人であるというようなことも書いてあり、事実と虚構の関係がいささかぼくにはわかりにくかった。

 注釈の多いどころか注釈だけで一冊につき 100 頁以上もとっている小説があったけど、 それはそれで楽しめたなあ (五味川純平『戦争と人間』(光文社文庫) で注釈は澤地久枝が担当している)。 もっとも本編がそれなりに面白いからそうなるんだけど。

 所詮無意味な注釈と、それ自体物語の厚みを構成する注釈というのがあるんだろうと思う。確かにこの本の注釈は無意味な方が多いのだけど。

 それでもスイスなんて国のことをぼくは日頃あんまり考えたことがなかった。スコーンさんがいうように連合軍側から見た「中立」とスイスの国家生存を賭けた「中立」では全然意味が違うのだろうと、ぼくも思います。しかしそういうところまでこの本は描写している点、大変評価できるなと思いました。要するにドイツを作者的視点で批判しながらも、スイス人の主人公にはスイス人としての視点をきちんと別格に与えていたという辺りですね。

 ラストの潜入行を見る限り、この作者、もう少し事実から遠ざかることができるなら、すごい冒険小説が書けそうである

(1993.06.06)
最終更新:2007年07月14日 21:38