無法投機




題名:無法投機
原題:The Set-Up (1997)
作者:Paul Erdman
訳者:森英明
発行:新潮文庫 1999.4.1 初版
価格:\933



 主人公が異国の空港でいきなり逮捕・投獄……というだけで映画『ミッドナイト・エクスプレス』を思い起こさせるスタートである。国際金融界のことなどは何もわからないし、読んでいて経済情報自体などはぼくは一切楽しめる口ではないので、金融スリラーの書き手などと紹介されると非常に厄介な心理に陥りがちなのだが、何せポール・アードマンという既にブランド化したエンターテインメント作家であるからぼくは読むのだ。

 実際の話、投機だの投資だの先物取引だのその他多くの国際なんたら機関などと言う部分は目をつぶって読み過ごしたのだが、そうしてみても何とまあスピーディで面白いこれは冒険小説の王道をゆくプロットであろうか! ページターナーとはこういう面白本のことだけを指すのである。

 特にがんじがらめの罠にはまった主人公が獄中からいかに冒険小説的展開を見せ始めるか、という過程が見もの。スイス、サルディニア島から、舞台をアラスカに移しての自然美に包まれた逃走行も視覚的に楽しく、スリラーとしての質の高さを感じさせる。

 もとになった悪党どもの犯罪は、複雑なようでいて実はシンプルこの上なく、それは国際金融のイロハを知らなくてもきちんとわかる構成になっている。国際的な事件の持つスケールの大きさに比して、犯罪に手を染める強欲者たちのあまりにもシンプルで卑小な構造は、いつの世でも、どこの国でも同じだなと思わせる。

 さらに上を行くプロフェッショナルの犯罪集団のしたたかさが、対比されるように描かれていて、犯罪者どもの哀れが強調されて見える。餅は餅屋……とでも言いたくなるようなアイロニーとペーソス。あくまでどっしりとした大人のエンターテインメントなのであった。

(1999.09.09)
最終更新:2007年07月14日 21:36