悪魔の麦



題名:悪魔の麦
原題:The Money Harvest (1975)
作者:Ross Thomas
訳者:筒井正明
発行:立風書房 1980.10.20 初版
価格:\1,300

 立風書房のロス・トーマスの作品がほとんどソフトカバーで出版されている中で、珍しくきっちりしたハードカバーで出されているこの作品。何か理由があるとしたら、ぼくは二通りの答えを想像することができる。一つは出版年度が新しく、そろそろハードカバーにして1000円以上の大台に乗せたいと立風が考えたこと。しかしよりもっともらしい答えは、この作品をハードカバーに相応しいこれまで以上にタイトなものだと編集者が考えたことであろう。

 もちろんソフトカバーで出された『可愛い娘』だって『大博奕』だって『ポークチョッパー』だって十分にタイトでハードカバーにして再版されるに相応しい作品ばかりだと思う。しかしこの作品『悪魔の麦』の。ロス・トーマスにしては突き放したような書き方、ヒーロー不在の冷たくよそよそしいような作品は、なんとなくどの作品よりもハードカバーの気取りが似合いそうな気がする。

 そういう冷たくて残酷で皮肉に満ちた結末を迎える病的なストーリーを、あっさりと感情を交えずに冷笑的に描くロス・トーマスというのもいるのである。あまりプロットで勝負しないと自身では言いつつ、これだけプロットで勝負した作品もさりげなく書いてしまうところが、この作家のウマミであると思う。

 着かず離れずの二つの事件がどちらも読者の関心を惹いてやまないが、この作品に一貫して流れる残酷さは、むしろ病んだ時代の患部みたいなものが象徴化されただけであると思う。こういう社会的側面や犯罪の多様化したありさまを、小説の妙味としてミステリー仕立てに仕上げてしまうところが、この作家のすごみだと思う。新聞記者、合衆国政府領事といった彼の国際経験豊かな履歴が作品の土台となっていることを十分に感じさせる作品であると思う。

(1996.04.07)
最終更新:2007年07月13日 01:50