恐喝 シンガポール・ウインク



題名:恐喝 シンガポール・ウインク
原題:Singapore Wink (1973)
作者:Ross Thomas
訳者:筒井正明・近見昌三
発行:立風書房 1976.7.20 初版
価格:\950

 『強盗心理学』ほど軽妙ではないが、『悪魔の麦』ほどストイックでもない。適度に遊びの入った作者ならではの作品。文字どおりメイン舞台はシンガポール。まるでごった煮のようなアジア的な街が、わさわさしたロス・トーマス的世界をそれらしく演出している。『五百万ドルの迷宮』のマニラともども、この作家にはアジアの喧騒でさえ違和感ない舞台装置になってしまうのだ。

 主人公は毎日一度スタントマン時代に誤って同僚を殺してしまった夢を見る。こういう精神的な障害自体が、誇張がかっているように思われるのだが、思えば、ロス・トーマスという作家は、わずかな誇張を最も得意としているのかもしれない。あのアーティ・ウーが中国の正当な王位継承権所有者であったりするのも誇張のひとつだし、こういうはったりめいたものを人生のバイブルにしている登場人物が彼の作中にはいかに多いことか。

 経緯の面白さの割に、唐突な、しかも小じんまりとまとまってしまう終局は、この作品の最大の弱点であるように感じられる。ロス・トーマスらしさは全編に匂うものの、出来栄えとしては並みの部類と言ったところかもしれない。でもロス・トーマスの並みというのは意外な高水準であったりもするのだ。

(1996.03.29)