ライト・グッドバイ




作者:東 直己
発行:ハヤカワ・ミステリワールド 2005.12.15 初版
価格:\1,700

 すすきの便利屋シリーズについては、かつては古い時代を回想するようなノスタルジックな文体でスタートしたものだったが、『探偵は吹雪の果てに』以降、時制は現在になり、便利屋は一気に歳をとった。

 本書では、五十歳を迎えようとしている四十代最後の日々を、足掻く便利屋。酒もめっきり弱くなったと嘯く姿が何となく切ない感が強いのも、四十代最後の一日を控えて本書を読むというぼくの側の時制と、偶然とはいえ、あまりにシンクロしているからか。

 かつてはスーパーニッカのボトルをぐいぐい空けていた主人公は、今やサウダージというオリジナル・レシピによる陣ベースのカクテルをすすきのでヒットさせる個人的活動に励んでいる。それでいて、生活の糧は、キャバクラ嬢の猫の世話、危険なカメラマンの用心棒、TV取材の案内係と、相変わらず冴えない。

 そんな中で今回の事件は女子高生失踪事件。またかよ、との感もあるが、そのまたかよなのである。前作は『ススキノ、ハーフボイルド』『熾火』に挟まれて、何となく中途半端な感じも否めなかった。途中経過の諦念ムードすら漂い、根本的に事件の解決には導かれなかったストーリーがどうにも何だかな、の作品であった。

 その苛立ちからか、便利屋はやたらに道警関係者に対し、裏金、裏金と嫌味を連発する。根底に怒りの空気が醸成されているのがこのシリーズであり、なおかつ東直己という人の寄って立つスタンスなのであると思う。

 本書では怒りの矛先は、犯人と目される非常に異常な中年男である。そして彼のような異常を生み出した家族。虚言と異常習慣に満ちたこの男に近づいて真相を探り出すという仕事を引き受けた主人公は、嫌悪に塗れながらも、女子高生の安否という一点の正義に賭けて苦闘する。

 異常者の生態に向かい合いつつ正義を完遂させるために追跡を持続させる主人公ということで、『熾火』を想起させられた。しかし『熾火』ほどには、背後に大々的な仕掛けも用意されていない。道警も異常宗教集団も暴力団も全然出てこない、シリーズとしては小スケールの物語。そもそもこのシリーズは毎作ごとに揺らぎが激しいのだ。作者の作風の揺らぎなのか、札幌ススキノという限られた舞台設定の現実側の揺らぎなのか、それはわからない。ある意味、小説を現実が追い越してしまった道警裏金疑惑というあたりにも、シリーズの存在価値を迷わせる何かがあったのかもしれない。

 ともあれ、次作では五十代になっているであろう便利屋の健康を祈って乾杯……というところ、か。

(2006/01/08)
最終更新:2006年11月23日 21:51