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*隠蔽捜査 #amazon(4103002514,right,image) 題名:隠蔽捜査 作者:今野 敏 発行:新潮社 2005.09.20 初版 2006/01/30 5刷 価格:\1,600  何故、この作家の追跡をやめてしまっていたのか、自分ではよくわからない。一つには作家の方向性という意味で、今ひとつ焦点が絞り込めなかったせいだろうか。ある作品ではそこそこ楽しめるのに、他のある作品では、自分の求めているものとは少し違ってきているように見えた。  そんなことは、他の多くの作家にも同じことが言えたはずだ。それでもどうしても解決できないなにかが、この作家に対する印象として、滞留してしまった気がする。  それは、今になって思えば、一作の重みということであったと思う。そこそこに面白い作品を世に生み出しながらも、どこかで決定的なインパクトに欠けている。  FADVで最も話題となったのは、『蓬莱』だったろう。その後、ぼくは『レッド』までを読んだはずだ。どちらかと言えば、この作家は現代的な話題を、いち早く娯楽小説の題材として採用し、あるレベルでは問題提起を重ねながら、どこか最後には、松本清張のように徹底的になり切れない不足を感じさせたのだ。  だからこそ、社会派作家として生きるならば、現代の事件を題材にするだけでよしとしてはならない。そう、ぼくは感じていたのだった。今にして思えば、そう思う。  こんなことは以前は書かなかった。というより、書けなかった。読者側の我儘。評者の立場の無責任。そういう抵抗感があった。しかし、今、こうして過去の真意を書くことができたのは、本書『隠蔽捜査』を読んだことで、今野敏という作家が、知らぬ間に、本来の社会派ミステリー作家として成熟しているからである。もしかしたら、自分がこの作家を追跡しなくなったことをこそ後悔すべきなのかもしれない。  少なくとも本書が、警察小説の新規軸として、あるエポックとなることは間違いないと思う。  これまで、どんな警察小説でも、悪役という立場にあったキャリア。そのキャリアの側の心理にこれまで最も焦点を当てたのは、ドラマ『踊る大走査線』のシナリオであったかもしれない。小説の世界では、反キャリア要素の強い『新宿鮫』を筆頭に、キャリア・高級官僚に対し、世の、なみいる作家たちは包囲網を敷いていたと言っていい。  その、キャリアを、しかも、あまりにも典型的なイメージを体現させた主人公。一面的で魅力の感じられない偏屈とさえ言える価値観に縛られた、どう見ても愚かという他ない竜崎伸也という中年官僚の日常を主軸に、事件は勃発する。  この小説の社会派的題材を挙げよう。あの複数少年犯による誘拐・監禁・殺人・死体遺棄事件。もう一方で、少し古いが、やはり少年たちによるホームレス撲殺事件。また少年犯に対する罪と罰のあり方をめぐっての法制度改革、被害者遺族の問題などなど、現在に繋がる重たい主題に対し、作者は堂々と挑んでゆく。  そこに重なるのが警察組織内の暗闘である。横山秀夫を想起する人もいるかもしれない。海外ミステリー読者ならば、チャーリー・マフィン・シリーズで知られるブライアン・フリーマントルを想起する人も。いずれにせよ、組織内での生存を賭けた命がけの暗闘は、一級品だと思う。  凝りに凝った仕掛けと題材を、キャリアという、誰もが据えなかった主人公の視点で描き切ったところに、この作品の希少価値はあるのではないか。  本書は、今年度吉川英治新人文学賞を受賞した。今さら、なぜ新人賞と思うかもしれないけれども、この賞は実はけっこう凄い。  古くは船戸与一『山猫の夏』から、大沢在昌『新宿鮫』。FADVでのこれまでの話題作としては、『ホワイトアウト』『不夜城』『皆月』『ワイルドソウル』等々。要は怱怱たる作品群の仲間入りということなのである。  ちなみに『このミス』では20位という不可解な結果(自分も含めて、回答者層、選択方法にきっと問題ありなのだ)。しかし四ヶ月で5回も版を重ねているというデータ上の実績は、半端なレビュアー筋ではなく、世の読者層にずっとずっと広く受け入れられたという事実を、何よりも明確に示しているだろう。 (2006/03/26)
*隠蔽捜査 #amazon(4103002514,right,image) 題名:隠蔽捜査 作者:今野 敏 発行:新潮社 2005.09.20 初版 2006/01/30 5刷 価格:\1,600  何故、この作家の追跡をやめてしまっていたのか、自分ではよくわからない。一つには作家の方向性という意味で、今ひとつ焦点が絞り込めなかったせいだろうか。ある作品ではそこそこ楽しめるのに、他のある作品では、自分の求めているものとは少し違ってきているように見えた。  そんなことは、他の多くの作家にも同じことが言えたはずだ。それでもどうしても解決できないなにかが、この作家に対する印象として、滞留してしまった気がする。  それは、今になって思えば、一作の重みということであったと思う。そこそこに面白い作品を世に生み出しながらも、どこかで決定的なインパクトに欠けている。  FADVで最も話題となったのは、『蓬莱』だったろう。その後、ぼくは『レッド』までを読んだはずだ。どちらかと言えば、この作家は現代的な話題を、いち早く娯楽小説の題材として採用し、あるレベルでは問題提起を重ねながら、どこか最後には、松本清張のように徹底的になり切れない不足を感じさせたのだ。  だからこそ、社会派作家として生きるならば、現代の事件を題材にするだけでよしとしてはならない。そう、ぼくは感じていたのだった。今にして思えば、そう思う。  こんなことは以前は書かなかった。というより、書けなかった。読者側の我儘。評者の立場の無責任。そういう抵抗感があった。しかし、今、こうして過去の真意を書くことができたのは、本書『隠蔽捜査』を読んだことで、今野敏という作家が、知らぬ間に、本来の社会派ミステリー作家として成熟しているからである。もしかしたら、自分がこの作家を追跡しなくなったことをこそ後悔すべきなのかもしれない。  少なくとも本書が、警察小説の新規軸として、あるエポックとなることは間違いないと思う。  これまで、どんな警察小説でも、悪役という立場にあったキャリア。そのキャリアの側の心理にこれまで最も焦点を当てたのは、ドラマ『踊る大走査線』のシナリオであったかもしれない。小説の世界では、反キャリア要素の強い『新宿鮫』を筆頭に、キャリア・高級官僚に対し、世の、なみいる作家たちは包囲網を敷いていたと言っていい。  その、キャリアを、しかも、あまりにも典型的なイメージを体現させた主人公。一面的で魅力の感じられない偏屈とさえ言える価値観に縛られた、どう見ても愚かという他ない竜崎伸也という中年官僚の日常を主軸に、事件は勃発する。  この小説の社会派的題材を挙げよう。あの複数少年犯による誘拐・監禁・殺人・死体遺棄事件。もう一方で、少し古いが、やはり少年たちによるホームレス撲殺事件。また少年犯に対する罪と罰のあり方をめぐっての法制度改革、被害者遺族の問題などなど、現在に繋がる重たい主題に対し、作者は堂々と挑んでゆく。  そこに重なるのが警察組織内の暗闘である。横山秀夫を想起する人もいるかもしれない。海外ミステリー読者ならば、チャーリー・マフィン・シリーズで知られるブライアン・フリーマントルを想起する人も。いずれにせよ、組織内での生存を賭けた命がけの暗闘は、一級品だと思う。  凝りに凝った仕掛けと題材を、キャリアという、誰もが据えなかった主人公の視点で描き切ったところに、この作品の希少価値はあるのではないか。  本書は、今年度吉川英治新人文学賞を受賞した。今さら、なぜ新人賞と思うかもしれないけれども、この賞は実はけっこう凄い。  古くは船戸与一『山猫の夏』から、大沢在昌『新宿鮫』。FADVでのこれまでの話題作としては、『ホワイトアウト』『不夜城』『皆月』『ワイルドソウル』等々。要は怱怱たる作品群の仲間入りということなのである。  ちなみに『このミス』では20位という不可解な結果(自分も含めて、回答者層、選択方法にきっと問題ありなのだ)。しかし四ヶ月で5回も版を重ねているというデータ上の実績は、半端なレビュアー筋ではなく、世の読者層にずっとずっと広く受け入れられたという事実を、何よりも明確に示しているだろう。 (2006/03/26)

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