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*晩課 #amazon(4150708010,left,text) #amazon(4150015813,left,text) 題名:晩課 原題:Vespers (1989) 著者:エド・マクベイン Ed McBain 訳者:井上一夫 発行:ハヤカワ・ミステリ 1992.2.29 初版 価格:\1,200(本体\1,165)  1956年に始まったシリーズが、ついに1990年代に入った。ぼくの生きてきた時間と同じだけの時を過ごしてきた、同年齢の<87分署>シリーズ。このシリーズをリアルタイムで読めるようになった。追いついたには一昨年。そのとき『ララバイ』の感想をぼくは1990年12月3日に書いている。ぼくは冒険小説&ハードボイルドフォーラムではまだサブをやっていてSYSOPにはなっていなかった。当時のSYSOP、O氏と仲間のG氏と初代SYSOPのミズNと三人でマクベインの来日記念パーティに出席した。その帰りに神田の焼鳥屋で飲んだことを、早くも遠い昔のことのように思い出す。  時は、かくも目くるめく、早足で駆け去ってゆき、ぼくらはどんどん歳を重ねてゆく。そんな流れゆく時を作品という形にして刻みつけてゆく作家という仕事。中でもマクベインは、時代が駆け去ってゆく足音を、彼のふんだんな作家歴を通して、その著書のなかで存分に描き続けてきた息の長い作家だ。ぼくは彼の作品に街の息吹よりは、むしろ時の流れを感じるようになっている。文体のリズム感は、いまでは時を打つララバイに聞こえる。  本書にも特定の主人公はいない。おまけに大きな事件がふたつばかり併走する。今回フォーカスされるのは『毒薬』で過酷な半生を遂げたマリリン・ホリスという女。そして彼女を不幸にも愛してしまったハル・ウィリス。この作品の半分は『毒薬』の続編だから、間違っても『毒薬』とこの本との順番を変えないほうがいいだろう。過酷な『毒薬』の物語は、本書でもさらにいっそう情容赦のない状況を紡ぎ出す。解決されなかった事件は後実必ず作者による手が加えられることになる。アイソラという架空の都会。ここに流れる時の流れ。すべてが過酷極まりない。  一方でキャレラの方は『羅生門』に例えられるような事件を前にする。多彩な目撃談の数々から真実をつかみ出さねばならない。いびつな宗教がデカダンスな都会の風景となり、冷笑的に、しかしとても緻密に描かれているが、アイソラはだてにとっても扱い難い存在に育ってしまったように見える。都会は徐々に異質化している。  この作品の本物の重さをシリーズとして本気で味わうには『警官嫌い』から四十一冊、すべて読み切ってしまうしかない。しかし、そういう物好きな方はきっとあとを断たないに違いない。いや、ぼくとしては事実そう願いたい。 (1992.03.23)
*晩課 #amazon(4150708010,text) #amazon(4150015813,text) 題名:晩課 原題:Vespers (1989) 著者:エド・マクベイン Ed McBain 訳者:井上一夫 発行:ハヤカワ・ミステリ 1992.2.29 初版 価格:\1,200(本体\1,165)  1956年に始まったシリーズが、ついに1990年代に入った。ぼくの生きてきた時間と同じだけの時を過ごしてきた、同年齢の<87分署>シリーズ。このシリーズをリアルタイムで読めるようになった。追いついたには一昨年。そのとき『ララバイ』の感想をぼくは1990年12月3日に書いている。ぼくは冒険小説&ハードボイルドフォーラムではまだサブをやっていてSYSOPにはなっていなかった。当時のSYSOP、O氏と仲間のG氏と初代SYSOPのミズNと三人でマクベインの来日記念パーティに出席した。その帰りに神田の焼鳥屋で飲んだことを、早くも遠い昔のことのように思い出す。  時は、かくも目くるめく、早足で駆け去ってゆき、ぼくらはどんどん歳を重ねてゆく。そんな流れゆく時を作品という形にして刻みつけてゆく作家という仕事。中でもマクベインは、時代が駆け去ってゆく足音を、彼のふんだんな作家歴を通して、その著書のなかで存分に描き続けてきた息の長い作家だ。ぼくは彼の作品に街の息吹よりは、むしろ時の流れを感じるようになっている。文体のリズム感は、いまでは時を打つララバイに聞こえる。  本書にも特定の主人公はいない。おまけに大きな事件がふたつばかり併走する。今回フォーカスされるのは『毒薬』で過酷な半生を遂げたマリリン・ホリスという女。そして彼女を不幸にも愛してしまったハル・ウィリス。この作品の半分は『毒薬』の続編だから、間違っても『毒薬』とこの本との順番を変えないほうがいいだろう。過酷な『毒薬』の物語は、本書でもさらにいっそう情容赦のない状況を紡ぎ出す。解決されなかった事件は後実必ず作者による手が加えられることになる。アイソラという架空の都会。ここに流れる時の流れ。すべてが過酷極まりない。  一方でキャレラの方は『羅生門』に例えられるような事件を前にする。多彩な目撃談の数々から真実をつかみ出さねばならない。いびつな宗教がデカダンスな都会の風景となり、冷笑的に、しかしとても緻密に描かれているが、アイソラはだてにとっても扱い難い存在に育ってしまったように見える。都会は徐々に異質化している。  この作品の本物の重さをシリーズとして本気で味わうには『警官嫌い』から四十一冊、すべて読み切ってしまうしかない。しかし、そういう物好きな方はきっとあとを断たないに違いない。いや、ぼくとしては事実そう願いたい。 (1992.03.23)

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