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*探偵はバーにいる #amazon(4150305218,text,image)(←amazonへ) 作者:東 直己 発行:ハヤカワ文庫JA 1995.8.15 初刷 1999.7.31 5刷 価格:\640  札幌に越して来て5年。だと言うのに、ぼくはこのススキノ作家・東直己の本を一冊も読んでいなかった。1992年、つまり10年前にハヤカワミステリーワールドという日本人作家のミステリ・シリーズが早川書房でスタートしたときにも、東直己の方は、新人作家ということでさほど興味を覚えずに、そのままぼくは東直己という作家を素通りしてしまった。  一つには作品名が気に入らないっていうのがあった。『探偵はバーにいる』だ。なんだか臭い、品がないと感じたのだった。その頃ぼくの読書的天敵と言えば、赤川次郎や西村京太郎などの多作作家。彼らのタイトルに対するこだわりのなさや、ふざけ加減が、どうもいい加減な仕事のように思えて反感を感じていたから、この東直己も、正直同類だろう、くらいに思っていた。だってタイトルがいかにも軽そうだ。  でも実に10年の時を要して、ぼくはこの作品のページを開いた。ぼくの渋る背中を押してくれたのは他でもない、多くの読者たちの東直己賛美だ。悪く言う人というのをあまり聞かない。それどころか書店での東直己コーナーは厚みを増すばかりだ。札幌だけの現象なのかもしれないが、それにしても作品が増え、賞を取り、いやでも名前を聞くようになる。ある日妻が街で東直己を見かけたらしい。ぼくが読まず嫌いだった作家は、ぼくの知らぬうちにそのくらい有名になっていた。  読んでみて面白かった。軽ハードボイルドと誰が言ったのか知らないが、ぴったりくる小説かと思えた。随所にユーモア。風来坊な主人公。不細工で弱点だらけで、自動車の運転ができず、いつでもどこでもウイスキーをタンブラーになみなみと継いでもらい、ススキノを漂流して歩く男。なんだ、探偵でも何でもないじゃないか。  そう。ぼくは先入観から、いわゆるトラベル・ミステリーみたいな探偵を思い描いていたのだ。そんな「探偵」では全然なかった。いい加減な28歳の若造と言われてもおかしくない自由業の男が、いい加減な生活のなかで、適度に自分の方法を見出しつつ、便利屋をやって人さがしをやって、周りと折り合いを付けながらススキノで生きてゆく、割と生活臭の漂う、大人の小説であったのだ。  意外だった。たちまち面白さに取り憑かれた。全作読んでみたくなってしまった。街の紹介、脇役陣の紹介などが多いように見えるが、作者はきっと最初からシリーズ化をもくろんでいたのだと思う。シリーズのスタート作だと一度思ってしまえば、それ以外のものには決して見えない作品だ。何故か。ススキノへの愛着。多くの酒場への愛着。作品にそれがいやがおうでも漂っていることだからだ。  札幌に住んで5年経った今、ようやくこれを手にして、味わい深いものを感じる。通りやビルやその他のもろもろに、多く親しみを持って読むことができる。わが身の生活タイミングとのシンクロを考えると、10年遅れて読むことになってしまったいきさつについても、そうあながち悪いことではないような気がしてきた。
*探偵はバーにいる #amazon(4150305218,text,image)(↑amazonへ) 作者:東 直己 発行:ハヤカワ文庫JA 1995.8.15 初刷 1999.7.31 5刷 価格:\640  札幌に越して来て5年。だと言うのに、ぼくはこのススキノ作家・東直己の本を一冊も読んでいなかった。1992年、つまり10年前にハヤカワミステリーワールドという日本人作家のミステリ・シリーズが早川書房でスタートしたときにも、東直己の方は、新人作家ということでさほど興味を覚えずに、そのままぼくは東直己という作家を素通りしてしまった。  一つには作品名が気に入らないっていうのがあった。『探偵はバーにいる』だ。なんだか臭い、品がないと感じたのだった。その頃ぼくの読書的天敵と言えば、赤川次郎や西村京太郎などの多作作家。彼らのタイトルに対するこだわりのなさや、ふざけ加減が、どうもいい加減な仕事のように思えて反感を感じていたから、この東直己も、正直同類だろう、くらいに思っていた。だってタイトルがいかにも軽そうだ。  でも実に10年の時を要して、ぼくはこの作品のページを開いた。ぼくの渋る背中を押してくれたのは他でもない、多くの読者たちの東直己賛美だ。悪く言う人というのをあまり聞かない。それどころか書店での東直己コーナーは厚みを増すばかりだ。札幌だけの現象なのかもしれないが、それにしても作品が増え、賞を取り、いやでも名前を聞くようになる。ある日妻が街で東直己を見かけたらしい。ぼくが読まず嫌いだった作家は、ぼくの知らぬうちにそのくらい有名になっていた。  読んでみて面白かった。軽ハードボイルドと誰が言ったのか知らないが、ぴったりくる小説かと思えた。随所にユーモア。風来坊な主人公。不細工で弱点だらけで、自動車の運転ができず、いつでもどこでもウイスキーをタンブラーになみなみと継いでもらい、ススキノを漂流して歩く男。なんだ、探偵でも何でもないじゃないか。  そう。ぼくは先入観から、いわゆるトラベル・ミステリーみたいな探偵を思い描いていたのだ。そんな「探偵」では全然なかった。いい加減な28歳の若造と言われてもおかしくない自由業の男が、いい加減な生活のなかで、適度に自分の方法を見出しつつ、便利屋をやって人さがしをやって、周りと折り合いを付けながらススキノで生きてゆく、割と生活臭の漂う、大人の小説であったのだ。  意外だった。たちまち面白さに取り憑かれた。全作読んでみたくなってしまった。街の紹介、脇役陣の紹介などが多いように見えるが、作者はきっと最初からシリーズ化をもくろんでいたのだと思う。シリーズのスタート作だと一度思ってしまえば、それ以外のものには決して見えない作品だ。何故か。ススキノへの愛着。多くの酒場への愛着。作品にそれがいやがおうでも漂っていることだからだ。  札幌に住んで5年経った今、ようやくこれを手にして、味わい深いものを感じる。通りやビルやその他のもろもろに、多く親しみを持って読むことができる。わが身の生活タイミングとのシンクロを考えると、10年遅れて読むことになってしまったいきさつについても、そうあながち悪いことではないような気がしてきた。

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